Heard a call for help②
うまく/いかない/もうすぐ始まる/ようこそ/止まらない/タイムマシン/罠/ ふつうではない/考える/もうやめた/バナナの皮/殺人事件 珪素を含んだ真っ黒な機械の解体は、うまくいかないもので、周囲のプレッシャーは日ごとに増していく一方だった。 唐突に東京湾に落ちて来たそれは、世界の注目を一身に集めその解明は国の面子がかかる。 「上手くいかないの?」 その声に何日も風呂に入っていない僕はおもわず距離をとった。 「何よ、失礼ね。朝食を持ってきてあげたのに」 「……あぁすみません。何日も風呂に入っていないもので、その、臭いませんか?」 サンドイッチとカップを受け取り、コーヒーを飲む。シュガー&ミルク、入れすぎだ。 この人は僕の好みを理解する気がないのだろうか。 「率直に言って臭いわ。濡れた犬の匂いよ。せめてシャワーは浴びてきたら?」 「これ飲んだら行きますよ、外はどうなってます?」 「宇宙からの落とし物っていうロマンは薄れて、新型の兵器が失敗して落下したって説が流れてるわ、政府はそれを隠蔽したいがために宇宙からの飛来物と嘘をついていると、正直納得しそうになったわね」 「いや、広報が納得しないでくださいよ。間違いなく本物の宇宙からの落とし物です。ただ宇宙人って言われると疑問ですが」 彼女がチラリとこっちを見る。サンドイッチを口に放りこみ、白衣で手をふく。 説明するのは自分の理解を深める良い手段だし、ちょっと休憩するかね。 「あれは、多分人類が作ったものですよ」 「宇宙から落ちて来たのに? 本当に衛生兵器とかってわけ?」 「いえいえ、もうちょいロマンチックですよ。あれは多次元宇宙の別人類が送ったものだと僕は思っています」 「多次元? 平行世界の話かしら? ニール・ゲイマンなら読んだことあるけどさっぱりだったわ。」 首を鳴らしながら、タッチパネルをいじると、分析した物体の拡大図が移される。 「わかります?」 「私、文系なの」 「……つまりですね、人工物であり、そしてかなり近しい存在が作っている証拠がこの配列にあります。というか簡単にいうなら露骨に訴えてきているんですよ。珪素ってのは地球における主要な構成元素なわけです。それをこんな丈夫に組み替えて、送ってきている時点ですでにメッセージなんですよ」 彼女は空になった自分のコップを器用にパキパキと折りたたんでいる。 「聞いてます?」 「一応、それで何て言っているの」 「過去、未来、別次元より、で始まる手紙であることは間違いないと思うんですけど、内容がわからないですね。ただ内部にナノレベルの極小の歯車が数兆個並でるんで、機械らしくはありますがね」 「ふぅん、わかったら教えてね」 手をヒラヒラふって彼女は出て行った。 うん、シャワーを浴びよう。 あの機械について必要なことは実はわかっていた。 ただ、僕は解体をしたくなかった。 あれはメッセンジャーであるだろう。 しかし肝心の伝言がわからない、珪素に光で刺激を与えると、いくつかのパターンが浮かび上がってきた。 驚くことにそれは日本語だった。 『もうすぐ始まる/ようこそ/止まらない/タイムマシン/罠/ ふつうではない/考える/もうやめた/バナナの皮/殺人事件』 「こんなの発表したら、世間になんていわれるかわからんしなぁ」 まったく困ったものだ。 わざわざ日本に送られたものなので日本語が送られることには疑問はない。 ただ、意味がわからない。 階段を下りてかび臭いシャワールームへ入る、熱めの湯を被ると頭が冴える気がする。 気がするだけだが。 着替えて、研究室に戻り、もう一度珪素に刺激を与えてみる。 言葉が浮かび上がる。無数の刺激の後に文字列が複雑に変化しているのが見て取れた。 やっと解読できた。 「何、も、鴨、って誤変換されてるよ、なんだこれ、ヒーロー? CM? うわぁああああ!」 急に機械が動いて、光が照射される。 天井に映されるのは、一人の男。 何かを探している、乗り物に乗って、どこかへ向かっているようだ。 男は何か目的を持っているようだが、世界が邪魔をしている。 タイムマシンは隊務とマシンになって時間の遡行を妨害し、挙句の果てにバナナの河に流されている。 「誤変換が物語を妨害しているのか?」 それならば、正しい物語を作ればどうなるのだろう? 「残念ながら僕は理系なんだよな……」 そう言って、知り合いの文系に連絡をとった。 「……全然わけわからないけど、とりあえず、適当にやってみるわ」 数分後僕の無茶ぶりにため息まじりに彼女は答えてくれた。 彼女の言葉を僕が信号に変えて物語に反映させよう。 『何もかもが『上手く』『いかない』って? だったら僕がいますぐいくよ。 君がそこへいく前に辿り着いてみせるこのタイムマシンで』 そこまで修正すると、文章が砕けて、新しい文章がでてきた。 文章の他にも天井には一人の少女が壊れた機械の横で月を見上げている場面も描写もされている。 「おっと、新しい文章だな。えーと、なんだろうこれ?」 「キーワードが半分だけ? 何かしら? もしかしたら前半って意味かもね、なんだか悲しい内容ね」 「流れ的にこれも修正するのかな? でも誤変換はなさそうだ」 「でも、間違ってるわ」 「どこが?」 「タイムマシンが壊れたら、さっきの彼がこれないじゃない」 そう言ってウインクして彼女は物語を読み上げた。 『タイムマシンが置いてあった。これに乗れば万事解決、私のインクが取れなくなる前に戻ろう。 ……まぁ、そんなことはもう手をくれだからできないよね、だって、それって今の私がいなくなるってことだもん。 神様は残酷だなぁ、これって罠じゃない? バットを持って振りかぶる。 コントロールパネルはバカみたいな数字を並べていた。なんで? 誰も乗っていないのに?』 「これで、さっきの彼が来るでしょ。だからってどうなるわけでもないだろうけど」 文章が砕ける。 先に場面が移される。泣き崩れている少女、それを通り過ぎる人々、そしてそれを少女と同じ顔の少女が見下ろしている。 泣き崩れる少女の傍にはバナナの皮がいくつも置かれていて 道行く人はそれを平気な顔で踏みながら歩いていく。 そして悲しい詩がキーワードと一緒に浮かび上がった。 「もう一度か、文章もある。後半のキーワードみたいだ」 「多分この二つの詩の二人は知り合いね、一人は月へ一人は自分を捨てた。何かの比喩かわからないけど、それでタイムマシンの彼はどうしたいのかしら?」 文字列が移される。 『もうすぐ始まる/ようこそ/止まらない/タイムマシン/罠/ ふつうではない/考える/もうやめた/バナナの皮/殺人事件』 意気揚々と行くかコソコソと行くかは君の判断に任せるけど、できれば派手なのがいい。殺人事件に駆け付けるケーリー・グラントみたいに映えるやつさ。 雲を突き抜け、月にすら手を伸ばして見せる。 ヒーローは罠に引っかかり、普通ではない方法でピンチを脱出する。 そんなシナリオが僕を待っている。 どうやって? そんなことを考えるのはもうやめた。 きっと朝食の場面がヒントになってくれるよ、ミックスジュースの材料が伏線だ。バナナの河なんておしゃれじゃないか、怪獣をミシシッピまで流してしまおう。 誰かがきっと僕等の助けを待っているからね。 「……これって、もしかして」 「私達に丸投げしてるの!? なんて無責任な奴」 キーワードがせっつくように明滅を繰り返す。 「つまり、二人の少女を残りのキーワード使って救えと」 「みたいね、他人まかせなヒーローもいたもんね、いいわよ、私達でなんとかしようじゃない」 僕等はああでもない、こうでもないと、キーワードに信号を送る。 『意気『よう』ようと『タイムマシン』に乗り込んで行くに決まっている。『こそ』コソなんて柄じゃない、ヒーローは派手に登場するものだからね。 雲を突き抜けるのは『罠』だ。その前に落ちている君を見つけよう、誰も気づけないなんて言わないで、僕等は見ていたよ。 君達が君達らしく生きることに世界は悪意を向けるだろう。『普通ではない』とインクで塗りつぶすかもしれない。 それでも、二人がいることを間違えているなんて『考える』ことは『もうやめた』ほうがいい。 僕等ができることは少ない、でも君達の声が聞こえた。 君たちのシナリオをここで終わらせない。 どうやって? それは『もうすぐ始まる』よ、タイムマシンに乗って月にだって手を伸ばしてみせる。』 ここで止まってしまった。 「残るキーワードは?」 「止まらない/バナナの皮/殺人事件、ね。全然思いつかないわ……そっちは何かある?」 「僕だってわかりませんよ。残りの文章は『きっと朝食の場面がヒントになってくれるよ、ミックスジュースの材料が伏線だ。バナナの河なんておしゃれじゃないか、怪獣をミシシッピまで流してしまおう。誰かがきっと僕等の助けを待っているからね。』か、朝食の場面?」 「サンドイッチとコーヒーね」 「いや、それって僕等の話でしょ」 「そうね、そして、この物語の話でもあるって思わない? 平行世界的にね」 そう言って、彼女は何かを思いついたのか、物語の続きを口にだす。 『サンドイッチとコーヒー、苺とバナナ、例えがないとわからないかな? ミックスジュースみたいなものさ。君達がもう一度巡りあう時間を作る為に僕等はやってきたのさ、『バナナの皮』を拾い上げよう、解決策は一つだけある。 『殺人事件』なんて誰も気づかない、どっちが死んでも世界は変わらない。それなら、二人一緒にいるべきだ。 『止まらない』時間を二人で過ごすなんて素敵じゃないか、誰かがきっと君達を待っているからね』 文字列は複雑に混ざり合い、照射される映像の中で、二人の少女が朱い月の下、雲の上で抱き合っていた。 彼の姿はない、だがこの場面をどこかで見ているのは何となく感じた。 ボーっと天井に照射される場面を見ていると、それを照射している珪素の機械が宙に浮き、天井を破って空に消えていった。 パラパラと破片が落ちてくる。あまりのことに僕等は茫然としていた。 「……これって始末書ですむかな?」 「無理じゃない?」 そう言って僕等は大笑いをした。 あぁ、後これは余談だが、どうしても気になったので彼女に一つ質問したことがある。 「正直僕等の朝食と文章の関係性が見えないんだけど、なんであれがヒントたりえたの?」 「貴方って本当に理系なのね……私って結構忙しいの、貴方もね、あんな朝の時間を作るために結構苦労してるんだから。すれ違いの解決策なんて一緒にいる以外にないと思うのだけれど?」 「えーと、ゴメン。多分わかってなかった」 「知ってるわ、だから伝言が届いたんじゃない? 私の声が聞こえたからかもね」 ……あのタイムマシンの無責任男はわりとお節介だということがわかった。
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