旧同タイトル | 文字数: 1517 | コメント: 0

夢老い人

一人が独占するにはあまりに広い病室に、一人の老人と一体のロボットがいた。

「さて、これで遺書の内容はよろしかったですか?」
「あぁよろしく頼む、財産のいざこざで家族が争うところなんて見たくないからね。
 といっても無駄かもしれないが」
「素晴らしいお考えだと思います。最近は死んだ後のことなんて知らないというような、無責任な人が増えてきましたからね」
「ハッハッハ。私ほど無責任な人間はいないだろうがね、
 証書をロボットのキミが管理すれば完璧だ。これで安心して死ぬことができる。
「えぇ。お任せください。私は欲に目がくらむこともなく、誰にも肩入れをせず、どこまでも責任をもって公平にあなたの遺書の内容を達成します。
 どうか安心して、良い夢を……」

それからほどなくして男は死に、彼の親族が集められた。
彼らはさして悲しむ様子もなく、ヤイノヤイノと死体の前で姦しく騒いでいる。

「母さんはもう死んでいるし、親父の遺産は俺達三人の兄妹に分配されるってわけだ」
「まったく、ロボットなんかに任せず生きてるうちに財産を分けときゃよかったんだ」
「お父さんにはお父さんの考えがあったのよ。兄さんたちが財産を食い潰さないようにね」

ガチャリと音がして扉が開く、脇に大きめの封筒を抱えたロボットが慇懃に礼をすると、三人は黙って彼の言葉を待った。

「お揃い用ようですね。それでは遺書の内容を発表いたします。
 『私の財産はすべて、私の夢の為に使う。
  恥ずかしい話だが私は宇宙船のパイロットになりたかった。
  そのために若いころはずいぶんを無理をして勉強した。
  結果としてその夢は叶えることはできなかったが、まぁまぁ楽しい人生だった。
  多くの人がそれは幸せな人生だというだろう。
  そこそこに成功して、そこそこに幸せな家族を持ち、寿命を全うできた。
  しかしこうして死の間際になって思うのは
  私はいつからか私のことを嫌いになっていたということだ。
  いつからか人の上に立ち、
  いつからか人を出し抜き、
  いつからか積み上げてきたものにしがみつき、
  母さんが亡くなってからはさらに仕事に没頭して……笑ってくれ。
  私は私の好物すら思い出せないんだ。何を好きだったかも思い出せないんだ。
  私は私が大嫌いだ。本当に大嫌いだ。でももう変われない、もう戻れない。
  だからせめて私は私が好きだった私に贈り物をしたい。かつて夢を追っていた私に贈り物を。
  別に夢が大事ってわけじゃないんだ。
  夢を追っていたあのみすぼらしい青年が私は好きなんだ。どうか理解してほしい。
  私の遺体はロケットになって夢へと旅立つ。
  その後にはささやかな、私がしがみついていたものが残っているだろう。
  公平に分配してほしい』……以上となります」

しばらくの沈黙、そしてその後は阿鼻叫喚が部屋を埋め尽くす。
「そんなバカな、こんなバカなことってあるか。このクソ親父め金を置いて行けこのやろう」
「おい!ロボット、まさかこんなバカげた遺言を実行しないだろうな、いますぐ弁護士をやとって財産はきっちり分与させてもらう」
「お父さん!私はお父さんの看病をあんなに必死にやったのに、少しのお金しか残さないなんて、血も涙もないの!?私は私の権利を主張するわ」

ロボットはまったく意に介さず、老人の死体を担いで慇懃に礼をして

「私は遺言を完璧に実行します。それでは皆さん。良い夢を」

そう言って出ていった。


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