ジョーク | 文字数: 3650 | コメント: 0

ミカンのオクラ

祭りだ祭りだ!わっしょいわっしょい! * * * 俺は中田。就いた仕事先がことごとくダメになることから「団体殺しの中田」と呼ばれている。 そんな俺にも安定した居場所がある。それが、実家だ。 「ただいま、母さん」 「おかえり、タカシ」 世間の荒波に飲まれ続ける俺だが、ここだけは気が休まる。…はずだった。 「ところでタカシ、あんたそろそろ定職就いたんでしょうね?」 「いや、まあ…ボチボチ……」 「そんなこと言い続けてもう何年だと思ってるの?いい加減にしないと…」 職業柄大っぴらにもできない。故に最近実家でも肩身が狭い。 やはり俺は、うまくいかない。 * * * 「幸希、本当に寝なくて大丈夫なの?」 「うん、ハツヒノデ見たい…」 眠い目をこすってお茶を飲む。父が言うには新年を迎える元旦の日の出はとても縁起が良いという。未だに縁起というものが如何なるものなのかよく理解していないが、だからといってこの貴重な機会を逃すことは勿体なく思った。 最初は興味本位だったが、これを待つのが中々に苦行だ。何度も睡魔が襲ってくる。 当然といえば当然なのだろう。普段ならばすでに眠っている時間なのだから。 そんなことを考えていると、段々と頭がボーッとしてきた。 「幸希ー、もうすぐお日様出るぞ。」 父の一言で意識を取り戻した。わたしの目の前には、キレイな朝日が顔を出していた。 ただ日が出ているだけだが、何故かその光景が目に焼き付いた。 「…あけまして、おめでとう。」 新しい一年が、目の前で、今始まった。 * * * 「ようこそ、新たな一年」 山の上に作られた小さな広場。もとは山を越える者達の休憩所として作られた空間なのだろうが、麓の交通網が整備されて山道を通る必要が無くなった昨今、もはや人の手はここまで届いていない。 放置されて再び植物が広がり始めた小さな公園は、ボクにとっては初日の出を拝める特等席だった。 おそらく多くの言霊師は外に出て空気を吸っていることだろう。 「あけましておめでとう」「今年もよろしく」 そんな言葉が止まらない一日。なんとも心地よい風が吹いている。 集まった言葉をこっそり栄養にした苗木を広場に植えて、ボクは家に戻った。 * * * 「かーがーみーもーちー」 うらめしやー、とでも言うような声で餅とミカンを積み上げているカナを見て、奇妙なことに一年の新たな始まりを実感する。 家族ぐるみの付き合いがあるためか、新年も共に迎えるのが毎年の恒例だった。そしてカナがその器用な手先を無駄遣いするのも毎度のことである。 ふと、何年も昔のことを思い出した。 まだ幼い頃も、鏡餅を飾るのはカナがやっていた。 その頃の私はそれが羨ましかったらしく、その気持ちをひねくれた手段で示してしまった。 餅を置くところを傾けて、飾りづらくなるというちょっとした罠。 それに気づかなかったカナは餅を転げ落としてしまい、餅は床を転がって埃まみれになってしまった。 大泣きするカナを見て、自分が意地悪をしてしまったことを今更後悔していた。 「……ゴメンね、カナちゃん」 「えっ?何が?」 「なーんでもない!ミカン貰うね」 「あー!私が食べるやつだよそれ!サヤちゃん!」 私の記憶のタイムマシンは、頭にのせるミカンを待って佇んでいた。 * * * 私の兄は家出しているが、不思議なことに音信不通ではない。 「お兄ちゃん、明けましておめでとう」 「あぁ、あけおめ。…っていうか、お前俺と電話なんかしてて良いの?」 「大丈夫だよ。今自室だから」 兄にはそう言っているが、例え両親の前で電話していたとしても、特に関心は持たれないだろう。ウチの家族は、ふつうではない。 「それで、今どこまで来てる?迎えに行こうか?」 「いや、大丈夫。そろそろそっちに着くから鍵だけ開けといて」 家出中であるにもかかわらず、正月には顔を見せに来る。 ここまで来るとただの一人暮らしじゃなかろうか。何が違うのか、まだ子どもの私には分からない。 ひとつだけ言えるとしたら、兄も兄でふつうではないのだろう。 * * * 「アイス!アイスがいい!」 末っ子の須恵は元気よくコタツから手を引っ張り出し、先制の一票を投じた。 「ダメ!みかんなの!」 真ん中の真央が負けじとミカンに一票を入れる。 四姉妹はコタツを囲み、そのお供を何にするか緊急会議を開催していた。 「わたしもみかんが食べたい」 普段は須恵と意見の揃う下から二番目の三恵による突然の裏切りに、須恵は絶望を絵に描いたような表情を浮かべた。 「私は…アイスかな?」 イタズラっぽく笑う長女の長江。これが議論を長引かせるためのイジワルであることは真央しか気づいていなかった。 「お姉ちゃんこの前ミカン食べたいって言ったじゃん!」 「えー?そうだったかなー?」 「アイス!」 「ミカン!」 ヒートアップして立ち上がる真央と須恵を、冬の寒さが襲った。 「…わたし、アイスも食べたい」 妥協とも呼べる三恵の鶴の一声により、考えるのをもうやめた四姉妹は、ミカンとアイスを両方キッチンから持ち出した。 * * * 旦那様は暴君と呼ばれていた。 使用人も家族も信用せず、脅しかけるように睨みつけるその様は、まさに暴君そのもの。 そんな陰口を知ってか知らずか、旦那様のしかめっ面は日に日にシワを増やした。 「旦那様、麦茶をお持ち致しました」 「…要らん、退がれ」 「……………。」 一度要らないと言われるのはいつもの事。私と旦那様の会話はここから始まる。 「ときに旦那様、最近の機械はとても賢いそうで」 「ほう、すでにこの日常に紛れ込んでおるとぬかすわけではなかろうな?」 「流石は旦那様でございます」 「それでワシがそうなのではないか、と?」 「流石は旦那様でございます」 「ここからそう見せかけてお前が機械でしたー、というオチに変えようとしておるな?」 バレたか。と思いつつ、私は3度目の天丼は自重した。 旦那様と始まったちょっとした戯れ。旦那様の予想外の一言で一本を取れば私の勝ちだが、旦那様もあの手この手でかわしてくる。 してやったりと口角を上げる旦那様の顔を見て少しイラッと来てしまったことは心のうちに留めておいた。 「…しかしランカよ。それはワシに喧嘩を売っておらぬか?」 「見ての通り商いには不向きなもので。喧嘩の売り方も知らなければ…」 「媚びもまた然り、か。フッ、たしかにワシの側付き以外は務まりそうもない捻くれ者よ」 この戯れが始まり早数ヶ月とはいえ、半年もしないうちにここまでこちらの言動を読めるとは、一代で富を築いた天才は伊達ではなかった。 「そろそろ万策尽きたか?もはやお前の猪口才な言動にも慣れてきたわい。これではワシの予想の範疇を超えることなど出来んな」 「…予想外、と言えば。ひとり適任がおりまして」 その瞬間、ノックをしてリズが部屋に入ってくる。 「失礼します旦那様!ご昼食の準備が…ってうわぁ!旦那様がこっち向いてる!?」 「……………………」 思わず失笑した旦那様は静かに麦茶を飲み、私は密かにガッツポーズを取り、リズは訝しげに私達を見つめた。 「もう一杯。貰おうか」 * * * ミカンの皮が、コタツの上で殺されている。 「次は…ミカンか」 「ふっふっふっ、ようやく気づいたわね?名探偵」 また妻の犯行だった。とは言え今回は難解だ。あの日以来三食しっかり食べることを心がけた。つまり以前のバナナの皮とは、今回はワケが違う。そして俺も妻もミカンが好きだし、ここ最近はよく一緒に食べている。更に勝手に食べた覚えもない。 「………俺は以前、似たような殺人事件を見たことがある」 「私も知ってるよ」 犯人だもんな。 「さて、いつも通り…」 「先にお風呂に入るのね?例によって熱々よ」 「湯加減とかけて奇妙な殺人事件ととく。その心は…」 「どちらもいい加減にして欲しい、とか?」 夫婦で上手いことを言おうとしても始まらない。このミカンの皮が持つ意味を考えてみることにした。 「あら、もう上がったの?」 「あぁ、早くミカンを買いにいかないと、もう無いんだろう?」 「御名答だ名探偵。調達よろしく」 * * * 「ちなみに私たちのシーンを書いている時点で締切が来ちゃったの」 妻が買ってきたミカンと実家から送られてきたオクラを出しながら、突然訳の分からないことを言い出した。 「えっと、つまり……?」 「これぞ、未完(ミカン)のお蔵(オクラ)出し…なんちゃって」

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