旧祭り | 文字数: 4884 | コメント: 0

山小屋の雑煮

 ミシミシと今にも崩れそうな、山小屋の中、ガストーブに手をかざす。

「助かったー、生き返る。こんな山奥なのにストーブが使えるとは」

「日頃使ってるのかね? 整理もよくされている印象だ」

 元号が変わった令和最初の初日の出を見ようと、男勝りの友人である草加と県で一番高い山に登ったのは良かったが、悪天候に見舞われ、下りの最中にこの山小屋へ避難したのだ。

「雪が降ってきたときは死を覚悟したぜ」

「まったくだ。ガレ場が多いからな、下手すりゃ滑落するところだった。チッ、携帯食も残ってないか」

 道中に体温が下がらぬようこまめに栄養をとっていたため、携帯食もほとんどなかった。
 幸いストーブと外には雪が積もっているので、溶かせば飲み水にはなるだろう。
 白湯でもないよりはましだ。
 草加は帽子をとって、肩まで伸びている髪を下げ丹念に拭いていた。

 しばしの無言、芯まで冷えた体を温めていく。
 しかし、身体に熱が染み込んで余裕が出てくるとやはり腹が減る。

「草加、小屋に非常食でもないのか?」

「今探してるよ、見た目より結構広いな、床下に室みたいなものもあるぞ」

 草加の言葉に興味が湧き、背中からのぞき込むと確かに室があった。

「フフーン、見てみろ、鍋だ。とりあえずこれになんでもぶち込んでみようか」

「仮にも女性なんだから、もうちょい、工夫が欲してもらいたいものだが」

 うるさい、と頭を小突かれた。
 草加は外で新雪を掬い湯を作った。

「細かに包装してあって、よくわからないが、色々あることは確かだ、かたっぱしからあけて食料にしてみるか……なんだこれ?」

 黒いビニールで包まれたたくさんの包装の上、ラミネートされたA4の紙が置かれていた。
 なになに。

『ここにあるものはどのように食べても構いませんが、包装を解いたものは【必ず】食べてください。でないと死にます。なお、この紙を読んだ後、食事をしない限り小屋からでれません。なお、包装は5つ以上開けてください』

「プッ、なんだこれ。おい、草加見てみろよ」

「なんだ?……死ぬというのは穏やかじゃないな。まぁ、悪戯だろう。遊んでないで、梱包を解いてくれ。私は布で白湯をこすから……もう一度雪を溶かすか」

 そう言って草加は扉をわずかに開けて出ようとするが、ピタリと止まる。

「草加? どうした? すぐに閉めないと温度が下がるぞ」

「……でれない」

「はぁ?」

「でれないんだよ!!」

 何を馬鹿な、と思い草加を押しのけて出ようとするが、足が出ない。
 その後も草加と一緒に色々試したが小屋から出ることはできなかった。
 まぁ吹雪の中外へ行こうとすることはないが、閉じ込められたのは確かなようだ。
 手だけを出して、雪を掬うことはできるが、身体を出そうとすると途端にみえない壁に阻まれる。
 あきらめて、二人、ストーブに当たりながら話し合う。

「……山では不思議なことが起こるというが、となると、そこの紙に書かれていることも信憑性がましたな」

「食事しなきゃでれない、梱包を解いたものは必ず食べる……か」

「あと、なぜか、死ぬほど腹が減ってるんだけど、これも関係あるのかな?」

「私もだ、正直、今なら段ボールでも食える」

 段ボールは食べるなよ。結局僕等は鍋を食べることにした。
 最初の包みに手をかけ、恐る恐る取り出す。

「これ、人肉とかないよな」

「やめてくれ、一番ありそうだ」

 なんせ、現代にはまずお目にかかれないであろう、怪現象の真っただ中なのだそんなホラー展開のほうがしっくりくるというものだ。

「……これは、味噌か」

「ペロッ……間違いないな、しかも手製のようだ。普通に上手いぞ。鍋にはぴったりだ」

 まずは、当たりを引いたらしい。というかこれなら、他のも大丈夫じゃないか。
 というわけで二つ目の包みに手を付ける。
 草加も乗り気になってきたようで、心なしかウキウキしているようだ。

「えーと、白菜? しかも新鮮っぽい」

「どうみても白菜だ。しかし、こんな山奥の備蓄なのに取り立てのように新しく瑞々しい。やはり何かしらの力が働いているのか」

「まぁ普通に入れるよな、鍋に。この調子であと三つか、余裕じゃないか」

「油断禁物だぞ、ここからどんなものがでてくるかわからん」

 というわけで、3つ目の包みに手を付ける。
 なんだか、小さなものが複数個入っているようだ。何重にもくるまれている包みを開ける。

「……嘘だといってくれ」

「立派なサイズだな、デパートなら数千円はくだらないぞ」

 いや、草加よ確かに立派なサイズだけどよ。

「クワガタじゃん」

「クワガタだな」

 そりゃあもう立派にクワガタだった。黒光りした大きな顎がついている。しかも、しかもだ。

「動いてね?」

「動いているな」

 生きていた、というより、包みから出した瞬間息を吹き返したという感じだ。
 あまりの状況に思考停止していると草加がおもむろに味噌を溶かした鍋にクワガタをぶち込んだ。

「草加ァアアアアアア、なにやってんの!?」

「なにって煮てるんだ。味噌があってよかった。これならワンチャンいける」

「なにその根性、いやいや、キツイキツイ」

 覚悟を決めた眼をしながら、草加が言い切る。なんでそんなに漢らしいんですかね!!
 無理だと叫び、後ずさる僕に草加がズンズンと寄って来て、ドンと壁に手をついて顔を寄せてくる。
 割と端正な顔と女性の匂いで心拍数があがる。

「いいか、私達は未知の状況に置かれている。わかってるな」

「えっ、あっ、はい」

 プルプル震えながら、思わず返事をする。

「私達に選択肢はない、私は覚悟を決めた、お前も決めろ、むしろ倫理的に無理なものが出なくてよかったと思え」

「わかった、わかったから離れろ!!」

「ムッ、そうか。わかったのならそれでいい」

 なんでドキドキしているんですかね僕。
 さて、次の食材だ。次こそはまとものなの頼むよ。

 ドキドキしながら、四つ目の包みを開く。

 先ほどのがアレだったから、ちょっと慎重になるな。
 えーと、出て来たぞ、フム、なんか寒天みたいだな、透き通っていて、ちょっと動いていて、大きな顎があって。

「クワガタじゃねえええかあああああああああああああああ」

 謎のクワガタだった。クラゲのように半透明でそれでもしっかりクワガタの形をしていて、動いている。

「プルプルしているな」

 指先でチョンチョンしながら、草加が触感を確認している。

「そのキーワードさっき、上で使ったじゃん!! なんでここでも使ってんだよ!!」

「何言ってんだお前」

「僕も何言っているかわからんわ」

 混乱して、よくわからんことを言ってしまった。
 このクワガタも草加がボチャボチャとそのまま鍋に突っ込んだ。よくわからない香りが山小屋に充満する。

「おい、見てみろ」

「何だ?」

 草加に言われて鍋を覗くと、味噌を溶かした鍋の中で普通のクワガタが腹を見せて浮いたり下がったりしている横で、透明なプルプルクワガタが泳いでいる。もう一度言おう、泳いでいる、不思議と鍋から脱走しないのがまた気持ち悪い。

「熱に強いらしい……踊り食いになるな」

「この世の終わりみたいなこと言ってんじゃねぇよ!!」

 完全にUMAとかそういう生物じゃん、こんなの食べたくねぇよ!!
 まだ、一つ食材を開けなければならないという事実に心が折れてしまい、涙を流している僕を見かね、草加が五つ目の包みを選び開けてゆく。

 金属質のぬらぬらした輝き、まるでそれは兜に着ける前当物のような……。

「鍬形だな」

「捻りを入れてきやがった!!」

 もはや食べ物じゃねぇ、いや、クワガタも食べ物じゃあないけどね!!

「食べれないだろ、どうすんだ」

「いや、触った感じ、確かに固いが金属とも違う感じだ。ワンチャンいける」

「ワンチャンの振れ幅が広い!!」

 草加のワンチャンのストライクゾーンの広さにビビる。
 そして鍬形もそのまま鍋に入った。
 いやもうこれ無理だ、大人しくこの山小屋で助けを待った方が……。

「見てみろ!!」

 驚きを含んだ草加の声、指さされたその先を見ると。
 プルプルクワガタが鍬形を食べていた。後白菜がクタクタになってる。

「えっと、どういうことだ?」

 しばらく観察していると、すっかり鍬形を食べつくしたプルプル鍬形が、少しずつ解け始めた。

「どういうこと!?」

 何一つわからない、僕は何を見ているんだ。

「私に聞くな。だが、これで、プレーンなクワガタ鍋になりそうだ」

「プレーンなクワガタ鍋ってなんだよ!?」

 数十分後。プルプルクワガタは解け切らずなんかぐでーんと伸びた状態になっており、ともかく鍋が出来上がってしまった。
 草加がどこからかお玉と紙皿を取り出して、よそってくれたものが差し出される。

「食べるぞ」

 神妙な面持ちで草加が箸を構える。
 もう、この時点で3500字ほどなんだが、僕等に終わりは訪れるのだろうか?
 草加と目線を合わせ、意を決してクワガタにかぶりついた。

 味噌の風味の中に、レバーのような鉄の香り、エビの尻尾のようなクワガタの触感と白菜に含まれた汁が口の中で混ざり合う。
 さらにクワガタの腹部を噛み切ると苦みとエグみが絶えず鼻から抜けていき、喉が嚥下を拒否する。
 端的にいうならば。

 まずい!! 食べづらい!!

 一口でこちらの戦略的劣勢を悟り、友軍である草加を見ると、無言で二杯目をよそっていた。
 マジか!!コイツ!!ワンチャン掴み取りやがった!!
 あぁ、ゴブゥ、ブフゥと体の内側からなぞの音が出てくる。

 このまま戻すわけにはいかないと、椀に残った汁を啜る。
 しかし水分だけではどうにもならない、食べづらさに心が折れそうになり、涙が止まらない。
 ニュルン、ニュルンそれは、椀のの汁の中にいたものだった。恐らくは、溶け切らなかった、プルプルクワガタ。
 それが、口のなかで、トロミのようにクワガタを包みこみ、エグミが和らいだ。

 行ける!!一気に普通のクワガタを呑み込み胃袋に落とすことができた。

 ……ありがとうプルプルクワガタ、お前がいなければ食べれなかったよ。

「ほら、二杯目だ。まだ半分も言ってないぞ」

 無情にも二杯目が注がれていた。草加は二杯目を終え三杯目に移っている。
 
 ……その後、何度もえづき、涙を流しながらなんとか鍋を空にした。
 試してみると、普通に出ることが可能で、吹雪が止むのを待って小屋を出ようという運びとなった。
 翌朝、昨日の吹雪がまるで嘘のように空は晴れ渡り、僕等は出立の準備を整えた。
 幸いなことに体調はよく、これなら問題なく山を下れそうだ。

「晴れてよかったな」

「一刻も早くまともな飯が食いたい」

 二人で山小屋を出て振り向くと、昨日には吹雪で見えなかった看板を確認できた。

『山小屋名物、クワガタ雑煮、特性餅クワガタあります』

「あのクワガタ正月要素だったんかい!!!」
 

コメント

コメントはまだありません。