金風が吹く
カケマクモカシコキ ヒトフタミヨノ カカマルマモリ ヨツガノオサガ カシコミカシコミ マヲシタテマツル
四方を紙垂にて囲み、舞う、山の風を受けた草木の唄の中、腕を捻り、拳を握り、一心に踊り、お目通りを希(こいねが)う。
「ほぉら、金風が吹きよぉる」
不意に声が響く、その声には答えず、最後まで舞を踊り切り。
そこで初めてカカマル様の視線の先を追う。
山の原から見る村の田は稲穂を抱えて溢れんばかりだった。
吹く風は柔らかく、夏の盛りを乗り切った村人を労う。
カカマル様は山よりその様子を眺めているのだ。
「四津村が村長、玉村 安時の子。吉太が参上仕りました。」
山の中原にぽっかりと開いている野原にて、お神酒と大豆、そして今年取れた新しい米を置き、伏す。
カカマル様は振り返り、こちらを一つ目で見つめ優しく笑う。
「安時の子か、知っとるぞ、このカカマルが祝い言を授けた」
「承知しております。この身に余る、光栄にござりまする」
「安時はどうしたじゃ?」
胡坐をかき、お供えした大豆を口に運びながらカカマル様は問を口にする。
「先代は、流行り病を受け、腐草蛍と為る頃に息を引き取りました」
一つ目を細め、長い三本爪を空に翳され、一間、このヤマガミは沈黙した。
一瞬なにをされているのかわからなかった、だが、その閉じられた目を見るに黙祷されているように思われた。
神格を持つ存在が、たかが一個人の為に祈りなぞ捧げることなぞありえないと思っていた。
それゆえに、ありがたく、父が誇らしく、涙がこぼれた。
「ほうか、先程の舞、見事であった。安時はよく伝えていた」
「恐悦至極にござりまする」
春の終わり、村の高見台にて父より病を聞かされた。
そして、どうかヤマガミへの舞を受け継いでほしいと、生涯初めて父より頭を下げられた。
その後、病を移してはいけないと、部屋の戸をわずかに開け、舞を伝えてくれた父との日々が報われた。
「皆、よくやっておるか?」
再びの問い。その目は変わらず柔らかい。
古木の木陰のような安らぎを感じ、幾分か呼吸も楽になる。
「はい、今年も豊作に相成りまして、これもカカマル様のおかげと皆も申しております」
言葉の終わりに風が吹いた、強く、強く、吹いた。
仰ぎ見るヤマガミから微かに怒気を感じ、一瞬で身がすくみあがった。
「嘘を申せ、カカマルのおかげなどど……」
「いいえ、村の者でカカマル様の神通力を疑っておるものはおりませぬ」
それは半分本当で半分が嘘だった。現代では村が少しずつ山から離れ、元号が変わり、舶来の薬に肥料、時代の動きと共に神に対する思いは薄らぎつつあった。
無論、存在を疑うものはいない。しかし、その力無しでもこの豊作はなったのでは、と言う村の者は少なからずいた。
「……良いのじゃ吉太」
名を呼ばれ思わず、顔を上げる。ヤマガミは笑っていた。
「むかし、山に迷うた幼子を家まで送うたじゃ、そいから祀られ、いつの間にかカミなどと呼ばれた。子が育つ様がうれしゅうてカカマルはずっと見ておった……カカマルはヨツガの村の親よ、子が旅立つのを引き留めはせぬ」
カカマル様は立ち上がり、酒に手も付けず、立ち去ろうとされた。
どうしようもなく、胸が締め上げられ、どうにか気持ちを伝えんと、言を紡ぐ。
「なれば、親を思うが子の在り方でござりまする。ヨツガの村はカカマル様を思い、この舞いと感謝を子々孫々まで受け継ぎますゆえ、どうか、カカマル様に置かれましては、我等と共にありますよう、心より、お願い申し奉る」
風が吹き、ヤマガミの姿は消えた。言い知れぬ喪失感が胸に去来するが、その重しを払うように木の葉がかすれるような笑い声が周囲を回った。
ハッと顔を上げると、笑い声と一緒に声が聞こえる。
「子を連れてまた来るがじゃ、蓑を編んで待っとる」
その笑い声は山を下り、稲穂を撫でて。
また、山へと消えていった。
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