三題噺 | 文字数: 1419 | コメント: 0

赤いスイッチ

 気がついたらこの部屋にいた。  多分夢だろう。就寝した記憶もしっかりとある。  目の前にはたくさんのモニターとスイッチ、随分とSFチックな夢だじゃないか。  モニターには部活の先輩が僕を、叱っているところが映っている。  これは一昨日のことだな。理不尽な内容だったのが思い出される。  そのモニターの下に赤いスイッチと緑のスイッチがある。  これを押すとどうなるのか? まぁ夢なのでとくにどうということはないだろう。  ということで緑のスイッチを押した。だって、赤いスイッチって自爆ボタンみたいじゃない?  モニターにモザイクが現れ、すぐに鮮明になる。モニターに映る先輩は先ほどまでとはうって変わり僕を褒めていた。  こりゃいい、本当にこうだったらよかったのに。  ……目が覚める。  学校へ行き、部活へ行くと先輩が一昨日のことを言った。怒られるかと思ったが褒められていた。  どうやら過去が改ざんされているらしい。なんて便利なことだ。  これは神様がくれた、奇跡なのだろう。楽することに罪悪感はあるが、これはきっと特別に許されたことなのだ。  そんなことを思いながら眠るとまたあの部屋にいた。  モニターと赤と緑のスイッチが部屋にずらりと並んでいる。  もし辛い過去を変えることができるのならば、こんなに良いことはない、モニターを吟味する。  親に怒られたこと、物を無くしたこと、好きな娘に振られたこと、モニターに映る辛い過去を視たくないために、かたっぱしから緑のボタンを押して回った。  朝起きた。爽快な目覚めだ、今の僕は辛いことを何一つ経験していない、世界一幸せな僕なのだ。  朝食を前に、コーヒーを入れるのを失敗した。  登校中に道を間違えて迷った。  犬にかまれた。  友達に知らん顔をされた。  教科書の内容がわからなかった。  部活で一番下手くそになっていた。  混乱して、学校を飛びだし薬局で睡眠薬を買って、制服のままベッドに横になった。  モニターとスイッチの部屋に出る。  モニターに映る僕は上手くやっていた。  コーヒーをいれている僕が映るモニターの下の赤いボタンを押す。  モザイク後にモニターの映像が変わる。僕はドリップを失敗した。機械のボタンを間違えたからだ。  次のモニターを見ると僕は登校している。赤いボタンを押す。  僕は道に迷い、走りまわってなんとか学校へ登校していた。これで道を覚えたんだっけ。  次のモニターを見る。僕は犬に噛まれていた。そうだ、だからあの道は通らないように……。  僕は全部のモニターの赤いスイッチを押した。  目が覚める。普通に登校し、そして部活へ行くと、先輩に怒られたことをしないように気を付けて部活動に励み。  犬に噛まれないように土手を通って帰り、ご飯を食べて、宿題をして、お風呂へ入り、ベッドにはいる。  モニターの前に立って、今日起きた嫌なことがモニターに映る。緑のボタンに指を置くがすぐに離す。  すると、まるで泡沫がはじけるようにモニターは全てプツンと消えた。  その日以来、モニターとスイッチの部屋の夢をみることはなくなった。  

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