三題噺 | 文字数: 699 | コメント: 0

ハロウィンの月

 ハロウィンに染まった街を、仮装した子供たちのパレードが埋め尽くしていた。この街はどうしてこんなにご機嫌なんだろう。今年の春に住み始めたばかりの僕は、パレードの主宰者さえ知らない異邦人だった。
「すごい。絵本の世界みたい」
 彼女はパレードを窓から見下ろして無邪気に笑った。僕の目は「古田医院」と印された古臭い看板を見つめていた。日常の残滓は、かぼちゃの飾りをライトアップした街並みもファンタジーの世界なんかじゃなくてただの仮装に過ぎないんだ、と主張したがっているように見えた。
 ふと、胸元にたくさんの血のりをぶちまけた女の子が目に入った。着せられた衣装に馴染みきらず、ぎこちなく歩く少女は、それでいて少しはしゃいでいる様子もあって、見ていて微笑ましかった。しかし、よくできた血のレプリカはどうしても過ぎ去った悪夢を思い出させた。
「あんたなんて、生まれて来なければよかった」
 金切り声をあげて顔面に包丁を振り下ろしてくる母の姿が、鮮明に蘇った。忘却の彼方から不死者のようにやってくる幻影は度々僕を錯乱させた。
「見て。金太郎がいるよ。なんでハロウィンなのに金太郎なの~。あはは」
 彼女の陽気な声が響く。
 亡者の幻影は消えない。彼女との間を阻むように立ちはだる母は、今も包丁を握りしめている。でも僕は、その幻影を超えて彼女の隣に立った。
 包丁は心臓に突き刺さった。
「ほんとだ。胸に金って書いてある。あはは」
 僕は彼女と一緒になって笑った。
 ハロウィンは悪霊を祓うお祭りだ。空をみると、満月をいくらか過ぎた月が、僕たちと一緒に子供たちのパレードを見守っていた。

コメント

コメントはまだありません。