日常 | 文字数: 1059 | コメント: 0

月明り

「君は名前を持っているだろうか。」  あの日、僕にそう言った真っ白なスーツを着こなしていた彼は、一体今どこで何をしているんだろうか。 そんなことをぼんやり思いながら、ガタンゴトンと大地を唸らし疾走する電車に乗っていた。 僕の毎日は自分で言うのも何だが、つまらない。 起きてご飯を食べて、会社へ行って働いて、帰ったら飯を食べて、そのまま寝てる。 余暇をどう楽しむかなんだけれど、僕は読書しかしてない。 読書が特別好きだったかと言えば、そうでは無くて読書するのはあくまで健康のためだ。 余計なことを考える事の無いように、活字に触れて脳を満たす。 過去、余計なことを考えすぎていて痛い目にあったのだから、経験から学ばねばならない。 電車に揺られ、そんな毎日を回想している此の瞬間でさえ僕は居心地が悪い。 思考なんかなくなればいい。なんで今日に限って、オフィスに本忘れちゃったかな。 丁寧さに欠けているなあ・・・。 ぼーっと、車内に貼られている求人の広告を眺めていると何だか虚しくなってきたので床を眺めた。 考えることのないように、床にあるシミの数を数えてみた。 1,2,3,4,5,6,7,8,9,,,,,,,55  55まで来たところで、目的地にまで辿り着いた。 車両から降りようとドアの方へ向かう際、真っ白いスーツとすれ違った。 思わず振り向いたけれど、其処にはもう居なかった。 車両から出て、自宅まで歩いている最中も真っ白いスーツが頭の中を駆け巡っていた。 「君は名前を持っているだろうか。」 今なら答えられる気がする。 「僕に、名前なんて必要ない。」 そう独り呟き、自宅へと戻った。 『また繰り返すんだね』と頭の中の誰かにそう言われたが『其れで良いんだ』と理性の声により押しつぶした。  その日の読書は捗らず、散漫としてしまっていた。 いつも眠りについている頃(22:00)には不満もピークに達していた。 一体どうしたんだ。真っ白いスーツのこと何か忘れろ。 名前を持とうとするな。自分は敗者で、名前を過去に捨てたはずなんだ。 エゴを持つべきじゃ無い。痛いほどに経験したはずだ。 一度回転し始めた脳は留まることを忘れ、思考がぐるぐると廻り始めた。 そうこうしているうちに、1:00になっていたので「此れはマズい。」と思い、冷蔵庫の中で眠っていた睡眠薬をとりだし、服用した。 『明日になれば、きっと元通りだ。』

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