日常 | 文字数: 1629 | コメント: 0

ヒレのある猫

 かつての海は自由で、二本の尾とヒレを持った猫が良く魚を取りに潜っていた。  家猫である、ムートはその話をテレビジョンのナレーターから聞いて羨ましく思った。  だって、尻尾が二本あるだけで猫の世界ではヒーローなのは間違いないし、さらにヒレまであるというのだから恵まれすぎじゃないか。  しかし、彼の飼い主はその話がテレビジョンから流れた時鼻で笑った。 「馬鹿らしい、二本の尾だろうがヒレだろうが、関係ないね。猫達は網で魚を捕れるじゃないか、そうだろうムート」 「左様でございますご主人様。しかし、ヒレや尻尾は欲しいものです」 「猫は皆持ってないものを欲しがるものだな。しかし、では、今ヒレのある猫はなぜ見かけないのだろうムート」 「不思議ですな。ちょっと、行って見てきましょう」  ご主人様はその提案にはちっとも興味がない様子で、ナッツを口に頬り投げながら、ソファーに倒れこんだ。   「勝手にするがいいよ、猫は好奇心には勝てないからね。しかし夕飯は必要だ。それまでには戻っておいで」 「かしこまりましたご主人様」  うやうやしく礼をして、ムートはツバのついた帽子とコートを取り出した。  この街ではよく雨が降るからだ。耳が頭の上にあると雨には困りものである。  ムートはテレビビジョンで写された海よりも少し汚い海がある港へ訪れた。  珍しく霧は出ておらず、船も良く見える。  暇そうな漁師猫を見つけると、ムートは質問してみた。 「少しよろしいですかな?」 「家猫かい? よい毛並みをお持ちで」 「あなた様も良き毛並みですね」 「これはご丁寧に、魚なら市場にまだあると思うよ」 「いえ、そうではないのです。実はヒレのある猫のことを聞きにこちらへお邪魔しておるのです」 「あぁ、あの猫達か。それなら、市場の裏手の下水道の辺りにいるよ」 「それはそれは、ありがとうございます」  ムートはなぜそんな不潔な場所に、見るからに優良種な猫がいるのか疑問に思ったが、とりかく行ってみようと漁師猫に帽子をつまんで挨拶し、市場の裏に向かった。  しばらく歩くと、雨合羽を被り、鱗の生えた足と二本の尻尾を持つ猫がいた。ヒレのある猫だ。  美しいとムートは思った。猫は魚が好きだ。そしてヒレのある猫は魚の特徴を持った猫だ。  ならば猫なら美しいと思うのは当然だろう。そうムートは思った。 「こんにちは、美しい毛並みですね」 「こんにちは、無残なものさ、君は良い毛並みだ」  ムートはさっそく疑問をぶつけてみた。 「なぜ、このような場所に?」 「ここなら市場の魚の骨やあらが捨てられるからね」 「食べるのですか?」 「食べるよ」 「自分で海に入ればよいではありませんか、そうであったとテレビジョンで放映されておりました」 「昔はそうだったみたいだね。今は違う」 「なぜ?」 「魚を捕るには、役所に漁業権の申請をして税金を治めなきゃならない。そうしないと、猫はゲージに入れられる」 「ならば申請をすればよろしいのではないですか」 「私らはヒレのせいで字が書けない。だから字を知らない」 「なるほど合点がいきました」  ムートは納得したと丁寧にお辞儀をしてその場所を去った。  その日の夕飯になり、スズキのパイを調理したムートは主人にその会話を話した。 「なるほどな。それで?」 「それでとは?」 「お前が代わりに申請すればよいじゃないか? ヒレのある猫を助けてやらないのか?」 「彼らは助けを求めておりません。猫は己を変えません、ただ生きるのです。それができる間は」  主人はため息を大きくついた。 「だから猫は嫌いだ」

コメント

コメントはまだありません。