満月
32歳 独身女性 橘幸子 友達がいない 話し相手になってくれる友達がほしい ミクシーやチャットなどではなく、実物としての人と顔を付き合わせてお喋りしたい 幸子は友達がいないことに悩んでいた 女というものはよく喋る、また、よく話が脇道にそれる、得てしてどうでもいい自分の日常の不満などの話題になる 本人はそれで、楽しいかもしれないが、一方的に聞く方はつまらない それが長時間ともなればキツい 女友達とは、ストレスを発散するどころか、ストレスをためる結果になるのだ それが分かっているので、女友達を作ることをやめた 一方、男は、容姿が悪い私など構ってくれない どうして、男と言うものは容姿で女を判断するのだろうか 観賞用の小動物のように女のいう生き物を品定めするのだろうか ともかく、男は、女性として美しくない私には見向きもしない 結果、私には、今まで彼氏はおろか男友達すらいない こういった理由で友達ができず、中学からは団体行動を拒み、孤立した 学校帰りも真っ直ぐと家に帰り、一人で過ごす時間が多くなった 部屋に引きこもり、よく本を読んで、本の中に浸った 今も変わらない 読書もするが、それではあまりにも寂しいので、ゲームチャットやミクシーに書き込みしている ネットでは男性も相手してくれる でも、物足りない 寂しい 私は実物大の友達がほしいのだ 相手の顔を見ながら、心を打ち明けて話をしたいのだ 一緒に笑ったり、泣いたりしたいのだ 人の温かみをその目で、その手で感じたいのだ ある夜、バイト先のパン屋からひとりで住む古いアパートに帰り、いつものように独りわびしくコンビニ弁当を食べ、いつものようにパソコンを開き、ミクシーにアクセスしようとしていた バタン 突如、暑いため開けていた部屋の窓から黒いもの中へ飛び込んだ コウモリだ 私の前で、ドロン 白煙ととも、漆黒のマントを羽織った、タキシード姿の男が現れた お邪魔します 男は、膝をつきお辞儀をした ハリウッドスターにでてくるようなイケメンだ、真夏なのに暑くないのかしら お嬢さんは今寂しいのでしょう え、どうして分かるの ふふ、それなら私が話相手になりましょうか その日から、毎晩イケメンは窓から飛んで来て、私の話し相手になってくれた、友達になってくれた その交換条件として、血を吸わせあげた 吸われるときはときは、痛くはないが、せつない気持ちになる 毎晩、アパートで話をする、いろんな話をする 子ども頃の話、趣味の話、仕事の話、彼氏がいない話など 彼はもっぱら聞き役で、私の話を熱心に聞いてくれる そのうち、会社から帰るとシャワーを浴び、化粧をし直し、綺麗な服を選び、彼が来るのを待つようになった そんなある日、仕事場の人間関係の悩みごとを相談したら、昔のイタリアの諸島で起きたエピソードをまじえ、的確なアドバイスをしてくれた 優しい、頼りになる、この人なら 好きです、お願いです、私を女にしてください 椅子に優雅に腰掛けていた彼はゆっくりと立ち上がると、豊かな腕で私を抱きかかえ、ベットへと運んだ それから50年が過ぎた 欠かすことなく、彼は毎晩通ってくれ、私は彼に血を吸われ続けた 嬉しかった、幸せな日々だった そこには愛があった、こんな私を愛してくれた でも、私も年だ、82になる それに大病を患っている 寝たきりだ まもなく死ぬだろう 彼も、最近では、私の体を気遣いあまり血を吸わなくなった 姿は相変わらず若いが、最近は元気がない 私の血をあまり吸わないからだろう バタン いつもの窓から彼が来た フラついている、骸骨のように痩せている、明らかに血が足りていないのだ もういいのよ、私はこんなおばあちゃんになってしまったわ、病気も患い、動くこともままならない、だから、ね、あなたはもっと若い元気がある子のとこに行きなさい 駄目なんだ、あなたから離れられない、私は1000歳を超える、今まで多くの女性の血を吸い続けてきた、でも終わりにしたいんだ どうして あなたに出会い、あなたを愛した、あなたがいない世界で生き続けることに意味はない このまま血を吸わなければ、本当に死んでしまうわよ 私にとってあなたが世界で、すべてなのだ 痩せこけた彼は、そっと私に近づき、私の目から頬に流れる涙を口ですすった ぽたっ 彼の目からも大粒の涙が私の顔に落ちた 二ヶ月後、異臭がするとアパートの住人が騒ぎ、大家が部屋を開けた そこには、明らかに死体と分かる老女と干からびたコウモリが一匹。 コオモリと老女は顔を寄せ合い、静かに、静かに、お互いを見ていた。
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