日常 | 文字数: 1486 | コメント: 0

スカートスカーレット

 学校の授業が終わって家に帰ろうと、あたしはいつものように電車に乗り込む。  電車に乗っていると、沢山の人と会うことができる。知り合いでもない限り話すことは滅多にないから、この場合、すれ違うことができるって言った方が正しいのかもしれない。  電車通学を初めて二か月の身としては、人が行き交うこの時間に、そろそろ慣れておきたいとこなんだけど、なかなかうまくいかないものよね。  そんなことを考えながら、あたしは車両の真ん中の方にある手すりに掴まり、溜息をついた。  そして何気なく右斜め辺りを見たあたしは、驚愕した。 「え、なにあれ」  小さくだが思わず口にしてしまった。  そこに座っていたのは長い黒髪が似合う綺麗な女性。歳は二十代前半といったところか。どこを見ているのかわからない虚ろな眼をしていて、どことなく脚に地がついていない印象を持たせる。  だがそんなことはどうでもいい、あたしの意識を虜にしたのは、彼女のスカートだ。  ひざ下まである長めで白のフレアスカートなんだけど、これがまさかのシースルーだった。  もう一度言う。シースルーだ。  薄く網目に縫われたその生地は、彼女の妖艶な肢体を露わにする。要するに中身が丸見えなのだ。 「んー見えないわね」  あたしの小声は周りに気付かれないようにと更に小声になる。  あたしの位置からだと彼女の魅惑の美脚だけがちらりと見える程度で、それ以上奧に隠された禁断の布を拝むことはできそうにない。  あたしの好奇心は心臓の音がこだまする度に大きくなる。  このまま行くべきか、やめておくか、よし行こう!  頭に選択肢が浮かんでから二秒で解答を得たあたしは、ゆっくり、幽霊のような足取りで、敵国へ乗り込む熟練の忍者の如き気配を漂わせながら、ターゲットに近づく。  一歩、また一歩。  少しずつ彼女の肢体があたしの眼を麗しい下半部へと誘う。  そして、ついに彼女の前に、あたしは立った。  よし、いいわ。やれる、あたしはやれる。  少しずつ視点を下へと降ろしていく。気づかれないように、なるべく自然に、そう、あたしは空気よ、電車内を包むただの空気。空気ならどこにいようと、問題ないわ。  空気にしては嘗め回すように見る気まんまんだったのかもしれないけど……ま、まぁいいわ。  そんなことを考えながら、あと十度視点を下げれば見えるところまできた。ここまでくればもうセーフティラインを超えたようなもの、デッドゾーンをビデオカメラさながらに脳内に記憶しても、ばれないはず!  あたしの心が誰かに聞かれていたら、間違いなくセクハラ容疑で裁判なしの執行猶予がついていただろう。  幸い、周りに刑務官や探偵みたいな人物はいないようだし、またとない絶好のチャンス。  息を飲み、あたしは、自制心という最後の絶対防衛ラインを、超えた! 「え?」  あたしは思わず眼を疑った。そこにあったのは、魅惑の白でも黒でも紐でもない、 『第二のスカートの生地』だった。  あ、そっか。  つまりは、こういうことである。  彼女はシースルーのフレアスカートの中に、極めて短いスカーレット色のミニスカートを履いていた、ただそれだけのことだった。  確かにえろいけど、確かにえろいんだけどおおおおおおお!  あたしは第一志望の高校受験で、合格発表の日、張り出された紙に自分の名前がないことに絶望した卒業まじかの学生のように、うな垂れた。    

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