旧祭り | 文字数: 2892 | コメント: 0

サンセット


先生「また、算数100点だ。君はすごいな。」
俺は、教室で拍手を浴びるなか、100点と書かれた解答用紙を受け取った。

俺はそう。
若い頃は、とても優秀だった。
特に算数が得意で、だいたいテストは100点か、悪くても95点だった。

その頃の俺は、将来、望むもの、何にでも成れると思っていた。
なんなら、世界征服を成し遂げる力だって、あると思っていた。

しかし、現実はどうだ。

中学、高校と、徐々に学力は伸び悩み、大学受験に失敗した。

就職を目指したが、ことごとく失敗し、学卒後は、しばらくアルバイトをする生活を続けた。

しかし、アルバイトでは大した稼ぎにならず、正社員からは偉そうな物言いで、アホ扱いされ、それでカッとなり正社員に殴り、そのアルバイトは首になった。
他にも、アルバイトを転々としたが、どれも長続きはしなかった。
どうやら、俺には学力だけではなく、コミニケーション能力とやらも低いようだ。
コミュ力が不要そうな、日雇いの土木作業員なるものもやってはみたが、体がキツくてヤメた。
工場で働いてみたが、単調すぎて、飽きてしまい、続かなかった。

結果、実家の部屋に引きこもった。

もちろん、親からは、いろいろ言われるが、仕方ない。

俺は、社会不適合者、なのだから。

社会の中に溶け込めないし、体を使って働くだけの体力も根性もない。

申し訳ない。
情けない。
悔しい。

世界を見るどころか、俺は部屋の中で、毎日、酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出す、事しかしていない。
違うな。
稼ぐ事すら出来ない、親の血を吸うヒルだ。
存在自体が悪なのだ。

そんなある日、俺は、手首をカットした。

部屋の中で青くなっているところを、親に助け出されたらしい。

病院で、俺は、親にこう言った。

「どうして、俺を見捨てないのだ? 社会で通用しない俺に生きる価値はないぞ。あんたらに吸着して、あんたらにとっても、迷惑な存在なのだぞ! 邪魔だろ。死なせてくれよ!」

母は泣きながら、こう言った。

「私は、私は、けっして、あなたを捨てないわ。あなたは、私が産んだ大切な子なのだから。私達が頑張って働いて、食べさせてあげるわ。ねえ父さん。」

父「。。。、うむ。」

俺は、言葉に窮し、うなだれた。

なんと、お人好しの親なのだ。

同時に、俺は、死ぬことすら、まともに出来ない人間であることを悟った。
実は、リストカット時、親に助けてもらえるように、少し部屋を開けておいたのだ。

俺は、社会不適合者であると同時に甘ったれなのだ。

ともかく、それ以降、俺は考えることを止めた。
手首をカットして、また親に迷惑をかけてはいけないから。

そのかわり、部屋の中でゲームに没頭することにした。
俗世を離れ、現実から目を背け、ゲームの中で生きることにした。

飯やゲームは、親が用意してくれる。

もちろん、継続して、ゲームばかりやっていると、脳が発酵する。

そんな時には、テレビをつけて、脳への酸素の入れ替えしてあげるのだ。

ただし、テレビをつけると、そこには人間社会と現実が映し出される。

人間社会を目の当たりにすると、自身の不甲斐なさや、未来への絶望から、呼吸をすることすら辛くなり、思わずカッターナイフに手が伸びる。

慌てて、社会の窓であるテレビを消して、息を整え、ナイフをしまう。

ただでさえ迷惑を掛けている両親に、これ以上の迷惑を掛けては駄目と分かっているためだ。

お菓子を取り出し、むしゃむしゃと食べる。
腹が膨れると、眠たくなるからだ。

食べ終えると、耳栓、アイマスクをつけて、布団に横になり、目を瞑る。

ゲームをし続けると、脳が発酵する。
テレビをつけると、リストカットしそうになる。
お菓子を食べて、腹を満たして、寝る。

これの繰り返しの毎日だ。
そのため、体重はゆうに100kgを超えている。

ある日、ゲームをしていると、人間の噂を聞いた。

俺がやっているゲームの世界は、エルフやドアーフと言った、擬似人間は出てくるものの、人間は一切出てこない。
俺は、人間社会が大の苦手だから、人間が出てこないゲームを選んで買って、それで遊んでいる。

そう、人間を一切、排除したゲームのはずなのに、なぜ人間が現れるのだ?
俺は、自分の目を疑った。

しかし、その噂は、隣に住むドアーフの『ポポロおじさん』から聞いたので、間違いない。
『ポポロおじさん』は、嘘をつかないことで有名なおじさんなのだ。

『ポポロおじさん』が言うには、10月31日のハロウィンの日に、イベントで、人間が町に出現し、徘徊するそうだ。

俺は思わず、怒りから、ゲームコントローラーを持つ手が震えていることが自分でも分かった。

俺は『ポポロおじさん』にこう言った。

俺「どうして、人間が現れるんだい。せっかく平和な世界なのに、人間が来ると、競争が生まれ、足の引っ張り合いや、虚栄心や、優越心など、よくない事を植え付けられるぞ。腐ったみかんは周りをも腐らせると言った感じで、人間は、この平和な世界に災いを持ち込み、それを広めてしまう。俺は、人間が現れることに断固反対だ。人間なんていなくたって、こうやって、皆平和に楽しくやってきたじゃないか。人間なんてクソくらえだ!」

ポポロおじさん
「分かっとらんな! 今年のハロウィンは、お前のために、人間を出現させるイベントにしたんじゃ! 隠しても、わしは知っとるぞ。お前自身、実際には人間なのだろう。たまには、人間に触れて、目を覚さないと、お前の人生、ゲームの中だけで終わってしまうぞい。そうじゃなあ・・・人生を一日に例えるなら、太陽が登った時が生まれた時じゃ。そして、太陽が沈むと、死んだ時じゃ。お前は、もう40歳なのじゃから、人生で言うところの、サンセット(日が暮れようとしている)の時期に差し掛かろうとしている、と言える。いいか、人生ってのは、後悔しても巻き戻しは出来ないぞ。10月31日のハロウィンで、見事、人間を受け入れて、これを機会に人間と仲良くするのじゃ。そして、人間に慣れたら、人間世界に足を踏み出すのじゃ! 今ならまだ、間に合う。まだ戻れる。わしらもお前の復帰に応援するぞい!」

いつの間にか、ゲームの画面内、ポポロおじさんだけでなく、他の仲間達も出て来て、皆が俺を応援してくれていた。

俺は、ゲームコントローラーを強く握りしめた。

・・・みんな、ありがとう!

10月31日、俺は、ピンと跳ねたアホ毛を切って身なりを整えると、町のハロウィン会場に向かって颯爽と歩き始めた。

しばらくすると、全国の引きこもりの人間達も、会場に集まりだしたのだった。

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