旧祭り | 文字数: 2553 | コメント: 0

魔女の噂

 一人の魔女という噂が街で広まっていた。臆病な旅人が商人に尋ねた。

「恐ろしい魔女がこの辺りにいるというが、どんな魔女なんだ?」

 尋ねられた野菜売りの商人はぶるぶると震え、小さい声で答えた。

「兎の魔女さ、尻尾までついた白いローブを着て、筋骨隆々のマッチョ兎を操るんだ」
「なんという事だ。対処法はあるのか?」
「ニンジンを明後日の方向に投げれば、食べに行くからその隙に逃げれるのさ」
「そうか、ではニンジンを一束おくれ」
「毎度あり」

 別の日、街に慎重な旅人が訪れた。街では魔女の噂が広まっている。
 旅人は装飾品売りの商人に尋ねた。

「恐ろしい魔女がこの辺りにいるというが、どんな魔女なんだ?」

 尋ねらえた装飾品売りの商人はぶるぶると震え、懐から小さなネックレスを取り出しながらこう答えた。

「宝石の魔女さ、全身を宝石で飾り立てて、魔法で人を綺麗な石に変えて持って帰るんだ」
「なんという事だ。対処法はあるのか?」
「あいつは、石の力に弱い。この街の近くに落ちた彗星のお守りを魔女に投げれば逃げていくよ」
「そうか、ではそのネックレスを一つおくれ」
「毎度あり」

 別の日、街に無鉄砲な旅人が訪れた。街では魔女の噂が広まっている。

「恐ろしい魔女がこの辺りにいるというが、どんな魔女なんだ?」

 尋ねらえたお面売りはぶるぶると震えて、並べられた面を一つ手に取って言った。

「仮面の魔女さ、恐ろしい老女の面をつけている。若い人を見ると妬ましくて、ラリアットをしてくるらしい。多くの者が一撃のもとにマットに沈んだそうだ」
「なんという事だ。対処法はあるのか?」
「この老人の面をつければ、相手が年寄だと勘違いして襲ってはこないよ」
「そうか、ではその面を一つもらおう」

 別の日、街に以下略。
 尋ねられた書物売りの商人は以下略。

「季節の魔女さ。季節が変わるのが嫌で、出会うとその季節に閉じ込められるという」
「何という事だ。隊商法はあるのか?」
「魔女から逃げるには、別れの季節である三月のカレンダーを丸めて投げればいいのさ。丁度ここに全て三月のカレンダーがある」
「そうか、ではその三月しかないカレンダーをもらおう」

 数日後、四人の商人達は隊商となり街を出て行った。懐は大変に温かそうだ。
 
「ハッハッハ、それにしても良いアイデアだった。売れ残りの商品をさばくために、恐ろしい魔女の噂を流すなんてな」
「まったくだ。売れ残りのニンジンに、宝石でもない石のネックレス、君の悪いお面、欠陥品のカレンダー。全部完売だ」
「旅人っていうのは験を担ぐからな。まったくボロいもんだぜ。一体何人が買ったかわかんないな」
「それにしたって三月しかないカレンダーは無茶苦茶だぜ」
「馬鹿野郎、爺のマスクよりは筋が通っているよ」
「途中から、面倒になって適当な話にしたもんなぁ」
「「「「アッハッハ」」」」

 おかしくてしょうがないという四人を乗せた馬車がゴトゴトと揺れる。

「随分、道があれてるな」
「おい、道端にニンジンが落ちてるぞ」
「あそこにあるのは、丸めたカレンダーじゃないか?」
「ネックレスまで……さては、騙されたと気づいた旅人が捨てたんだろう」
「ハッハッハ、馬鹿な奴らだ」

 笑いながら、さらに進んでいく。時間はそろそろ夕方に差し掛かるころ。
 
「そろそろ次の街が見えるころだ」
「そうだな。この辺は治安もいいし、のんびりできそうだ」
「今日は贅沢できそうだな。ん? なんだ……?」

 四人の前に、白いもこもこの何かが見える。もこもこが飛び跳ねているようだ。

「なんだあれは?」
「おい、こっちへ来てるんじゃないか。遠くて良く見えない、どうする?」
「馬鹿、様子がおかしい逃げるんだ」

 四人が道の反対を見ると。ギラギラと何かが光っている。

「何だあれは?」
「夕日に反射して光ってるぞ」
「あれは……全身に何かぶら下げている」
「嘘だろっ。俺のホラ話の宝石の魔女だっ!」

 驚いた四人が馬車から金を持って降りる。
 道から外れて逃げようと西を見ると。目で見えるほど近くに体が異様に大きい、老婆の面をかぶった老婆が両手を広げていた。

「仮面の魔女だっ!」
「老人の面は無いのか?」
「全部売れちまったよ。そっちこそ、ニンジンと彗星のネックレスは無いのか?」
「「全部売れてるよっ!」」
 
 腰を抜かした四人が最後に東を見ると、東側から冷たい風が吹いてくる。
 目を凝らすと、鉤鼻の老女……魔女がこちらに歩いて来ていた。

「「「「ぎゃぁあああああああああああ」」」」

 商人達は右も左もなく逃げ出した。どこをどう走ったかはわからない。とにかく走って走って、ボロボロになりながら次の街までやってきた。
 そしてすぐさまその街の商人達の元へ向かった。商人にもかかわらず、フードを目深にかぶっている商人だったが、そんなことに構ってはいられない。

「ニンジンを」
「彗星の装飾品を」
「老人の仮面を」
「三月しかないカレンダーを」

「「「「売ってくれ!!!!」」」」

 商人達はにやりと笑う。

「そうかい、ちょうど仕入れた所さ。だけどよく売れてね、相場の十倍になるけどいいかね?」

「かまわん寄こせっ!」
「俺もだ」「俺も」「さっさとくれ、全部だ!」

 商人達は懐の金をほとんど差し出して、商品を買ってそそくさとどこかへ逃げて行った。
 金を受け取った方の商人はフードを脱いで後ろの路地に向き直る。
 そこにはには白いローブを着て物干し竿の先に白い布被せた者。
 鏡やガラスで装飾した服を掲げる者。
 見事な三人羽織りを披露する者。
 老婆の面をずらした者が隠れていた。
 皆、街で商人達から商品を買った旅人である。

 商人の振りをした旅人の一人がニヤリと笑う。

「良いアイデアだったろ?」

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