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アネモネ

 2月。5月に司法試験を控えた君に、応援という意味合いを込めバレンタインの日に、チョコと一緒に白いアネモネを渡した。

 “ありがとう。これでもっと頑張れるよ!”

 それから月日がたった。

 3月14日に何かあるかと期待に胸を膨らませ大学に来たが、その膨らみは時間が経つに連れて萎んで行った。だけど大学の自習室でひたむきにノートと向き合っている君を見ているだけで顔が綻び、学部は違うけど勇気をもらった。

 そして5月。4日間に分けて行われる司法試験の初日の前日に、LINEで応援メッセージを送ると、 “ありがとう” のスタンプが届き、バレンタインに渡した白いアネモネの写真が送られてきたため、私は紫のアネモネの写真を送った。

 私は試験なんか受けていないのにその4日間は何も手に付かず、教授の話なんか何も頭に入って来ない。そして4日目の夜に君から “終わったよ!” とLINEが届いた。

 “お疲れさま” と文字とスタンプで送った。
 君にとっては一番大事なんだろうけど、私にとって結果は二の次だった。
 今まで気づいていたんだろうけど、その答えを見て見ぬふりしてきたが、この数カ月間、司法試験のために頑張っている君の姿に、見て見ぬふりが出来ぬほど答えが大きいものへと変わっていった。
 試験が終わり、大学の卒業に向けて私も論文や勉強に追われる中、君と共に過ごす時間も増え、つかの間の幸せを過ごしていき、気が付けば9月になって行った。

 司法試験の結果発表。

 自室にて心を落ち着かすために、紅茶を飲んだり、机に向かって勉強したりするも、すぐにスマホを手に取り、連絡が来ていないか確認してしまう。連絡が来れば音が鳴るのに。

 そして12時が過ぎようとしたそのとき、スマホが鳴る。しかも電話だった。

 君の名前が映し出され、私はすぐに出た。
 試験が終わって、君からの連絡があったときは、試験結果なんか二の次だと思っていたのに、私のことのように心臓が今にも口から出そうなほど、手には汗が滲んでいた。

「合格しました」

 君のその言葉に、私の目から涙が流れた。

「おめでとう」鼻を啜りながらいうと「なんで、お前が泣いてるんだよ」と君が笑うため「だって……」といったものの、言葉が見つからなかった。

「お前の支えがあったからこそ、ここまでやって来れた。本当にありがとう」

「私なんか……」


 君がこれまで頑張って来た姿勢を、私は好きになったんだ。
 だから、その頑張りの1つに私はなりたくて応援した。
 ただLINEという小さな箱庭だけで応援しただけ。感謝されるようなことは何1つしていないと思っていたけど、君から感謝されると、また涙が零れ落ちる。

「なあ、今日の夜、会えないか?」

 急にそんなことをいわれたため「いいけど、なんで?」と訊き返してしまう。

「支えてくれた感謝の気持ちを、形にしたくて」

「そんな。いいよ。別に」

「それじゃあ、僕の気が済まないから。だから、ね?」

「分かった」

 最寄りの駅で待ち合わせして、待ち合わせの時刻よりも少し早めに着いてしまい、そわそわしながら待っていると「ごめん。待たせたね」と待ち合わせ時刻の10分も前に2人が揃った。

 近くのレストランで、君が話すことに相槌を打ちながら食事して、私も君に話したいことが沢山あり、君は優しく聞いてくれた。

 レストランを出て、スタバでコーヒーをテイクアウトし、2人並んで夜道を歩き街灯が1つだけ点灯してあった、誰もいない公園のベンチに腰を下ろした。

「今日は本当におめでとう」また改めてお祝いする。この言葉、今日何回いっただろう。

「もう何回いうんだよ」と君は笑いながらも「ありがとう」と口にして「でさ、君に伝えたいことがあるんだ」と、持っていたコーヒーをベンチに置き、座っている私の前に立って

「僕と付き合って下さい」と、手を差し出した。

 こんな誰もいない公園に2人で座って “君に伝えたいことがあるんだ” といわれた途端、予想はついた。だけど、また涙が溢れ出た。

「はい」と小さく呟き、差し出された君の手を握った。

「ありがとう」とまた君がいう。

 君の手が私の頬に重なり、そっと口づけを交わしたあと「泣き虫だなあ」と君が意地悪をいうため「泣き虫じゃないもん」と拗ねて見せ、可笑しくて2人で笑った。

 君が私を家まで送り、玄関で「じゃあね」といって家に入ると、母から「荷物届いているわよ」とテーブルに乗った大きめの段ボールを指さす。

 なんだろうと思い、宛先を見て驚いた。君からだった。

 急いで、ペン立てに挿してあったカッターを取り、開封する。
 中には、赤いアネモネのブーケと、一筆箋が入ってあった。

 一筆箋には『物凄く遅くなったけど、2月14日のお返しです』と綴られていた。

 私は赤いアネモネのブーケを手にし、玄関に急いで行き、彼の背中を追った。

 少し離れた自販機の前に立って、飲み物を買おうとしていた君を見つけた。
 走ってくる私に気づいたのか「どうした?」と訊いてくるも、手にしてあったブーケを目にして「ああ。もう届いたんだ」と驚いていた。

「ずるいよ」息を切らせながらいう。
「お前がアネモネをプレゼントしてくれたから、僕なりの答えと思って」

 そんなことをいう君に、私はブーケを手にしたまま抱きつき「幸せになろうね」と君の目を見た。

「もう泣かないのか?」

 また意地悪をいう唇を親指と人差し指で抓み、そのままキスをし、額と鼻先を付けたまま2人は静かに笑った。

 残暑が過ぎぬ温かな風が、アネモネで繋がれた2人を、優しく包んでいった。

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