旧祭り | 文字数: 1055 | コメント: 0

牧子

隆子の入れられた部屋には、ほかに3人の女がいた。 隆子の前に陣取る老婆は、90才ぐらいで、顔は細くいかにもばあさん顔で、 あったことはないが写真で見る、夫のばあさんの顔そっくりである。 隣は60代の人あしらいのうまそうな女性で、スナックのママさんでもしてるのかと思ったら、 やはり蕎麦屋のおかみさんだったとかいう。 斜め前の女性は80代くらいの老婆で、アナウンサーのようなよく通る声で話す人で、 この中では一番とっつきにくそうだと思った。仮に牧子と呼ぼう。 牧子は声量や雰囲気で80才くらいかのように見えたが、 実は90才過ぎていると隣のママさんが教えてくれた。 牧子さんは普段一人暮らしなせいか、おしゃべりが好きなようで、 話し出すといくらでも話題はつきない。世界征服の話だって、発酵人間の噂だってしそうだ。 「私ね、初恋の人とは結婚できなかったの。彼は通訳で、英語が堪能だったから、 アメリカへ行くっていうので、そんな人とはダメだって反対されてね。 主人とは京都にいる時に出会って一目ぼれだったの。  <え、戦後の話?>  もちろんよ。私京都だったから戦中は爆撃もなくて、怖い思いなんて味わったことない。 主人は映画関係の会社に勤めていたから、京都のMホテルで、 有名人もたくさん来て立派な結婚式だったの。  <きれいだったんでしょうね>牧子さんの話は鮮やかで目に浮かぶようだ。  テレビが出てきて、映画産業も廃れて、東京で暮らしていたけど、 主人が起業して失敗したから、私が実家の援助で建てた東京の家を、バブルの時売って こっちに来たのよ。こっちに来てからは、私主人に冷たくしちゃった。 どうして離婚しないの?ってきかれたけど、あんなにりっぱな結婚式したしね・・・ 主人は肺がんで死んだわ。ピースを何本も吸ったからね。 <肺がんてずいぶん苦しいんでしょ> 私は肺がんで死んだ同級生のデスマスクを思い出す。 場所がよかったんじゃないかしら。私あまり行かなかった・・・」  牧子さんの話はつきない。歯も90才を越したというのに24本もあるという。 年取ったら小ぎれいにして、ボケないように鍛えておくことが大事だなと思う。 アホ毛が伸びてきた。あまりにもひどいので、見た人もかえって何も言わない。 10月、11月にはカットしたけど、しばらくほおっておいてしまった。切っておけばよかった。

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