牧子
隆子の入れられた部屋には、ほかに3人の女がいた。
隆子の前に陣取る老婆は、90才ぐらいで、顔は細くいかにもばあさん顔で、
あったことはないが写真で見る、夫のばあさんの顔そっくりである。
隣は60代の人あしらいのうまそうな女性で、スナックのママさんでもしてるのかと思ったら、
やはり蕎麦屋のおかみさんだったとかいう。
斜め前の女性は80代くらいの老婆で、アナウンサーのようなよく通る声で話す人で、
この中では一番とっつきにくそうだと思った。仮に牧子と呼ぼう。
牧子は声量や雰囲気で80才くらいかのように見えたが、
実は90才過ぎていると隣のママさんが教えてくれた。
牧子さんは普段一人暮らしなせいか、おしゃべりが好きなようで、
話し出すといくらでも話題はつきない。世界征服の話だって、発酵人間の噂だってしそうだ。
「私ね、初恋の人とは結婚できなかったの。彼は通訳で、英語が堪能だったから、
アメリカへ行くっていうので、そんな人とはダメだって反対されてね。
主人とは京都にいる時に出会って一目ぼれだったの。
<え、戦後の話?>
もちろんよ。私京都だったから戦中は爆撃もなくて、怖い思いなんて味わったことない。
主人は映画関係の会社に勤めていたから、京都のMホテルで、
有名人もたくさん来て立派な結婚式だったの。
<きれいだったんでしょうね>牧子さんの話は鮮やかで目に浮かぶようだ。
テレビが出てきて、映画産業も廃れて、東京で暮らしていたけど、
主人が起業して失敗したから、私が実家の援助で建てた東京の家を、バブルの時売って
こっちに来たのよ。こっちに来てからは、私主人に冷たくしちゃった。
どうして離婚しないの?ってきかれたけど、あんなにりっぱな結婚式したしね・・・
主人は肺がんで死んだわ。ピースを何本も吸ったからね。
<肺がんてずいぶん苦しいんでしょ>
私は肺がんで死んだ同級生のデスマスクを思い出す。
場所がよかったんじゃないかしら。私あまり行かなかった・・・」
牧子さんの話はつきない。歯も90才を越したというのに24本もあるという。
年取ったら小ぎれいにして、ボケないように鍛えておくことが大事だなと思う。
アホ毛が伸びてきた。あまりにもひどいので、見た人もかえって何も言わない。
10月、11月にはカットしたけど、しばらくほおっておいてしまった。切っておけばよかった。
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