旧祭り | 文字数: 1895 | コメント: 0

追いついて、サンセット。

「田中君や。それで、最後はどうする?」

 後ろから問いかけられる。吉野は自転車の荷台でSNSを見ていた。
 トレンド一位は月の落下。嘘みたいだろ? これ真実です。

 入学して一目ぼれして半年かけて10月に必死の思いで告白したら。その翌月に世界の終わりです。
 宇宙人に世界征服でもされた方が幾分かマシじゃない?

「吉野は家族と一緒にいないの?」

「母上は父上と、静かに過ごしたいって」

「お熱いね」

「嫌になりますよ。両親のイチャイチャしている姿なんて、目に毒でしかないね」

 彼女は僕の肩に手を当て、荷台の上に立つ、夕暮れの坂道をブレーキを掛けながら降りていく。
 軋むフレームとブレーキは、僕等の悲鳴かもしれない。
 風を受け、彼女の前髪がアホ毛のように逆立つ。

「気持ちいいね」

「スカートめくれない?」

「不思議な力でガードされておりますゆえ、ご安心を」

 坂道の折り返しで自転車を止める。目の前には太陽を隠すほどの真っ赤な月が空に浮かんでいる。
 ピョンと彼女は飛び降り、振り返る。逆光マジック、なんだか神秘的やん?

「夕日じゃなくて夕月だね」

「日没じゃなくて、世界沈没ってか?」

「アハハ、うまい、うまい」

 カラカラと笑う彼女は本当に楽しそうで、僕としては今後のことを思うと寂しいけど。
 まぁ、これはこれで、なかなかにロマンチックなわけで悪くない。

「あれが、こっちに来るのか」

「だね。世界の終わりを見れるなんて、幸せかもね」

「僕は怖いよ」

「私も怖いよ」

 手もつないだことのない僕等は少しだけ、肩を近づけて真っ赤な月を見ていた。
 嘘です。吉野の顔を見ていた、冷たい風にさらされた頬は紅く。
 あぁ、僕の彼女は可愛いなぁなんて考えてました。

「どこ見てんの?」

 吉野がこっち見る。マフラーで口元を隠す仕草にグッときます。
 
「世界の終わり」

「なんと、私の顔にそんなものが張り付いていましたか」

「まつ毛の上に乗っかってるよ」

「眉唾な話だね」

 こんな、馬鹿な話をずっとしていたかった。例え彼女と別れる未来があったとしても、この瞬間を抱えて生きていきたかった。

「……全部嘘になんないかな?」

「無理じゃない? ほら、月が落ちるより前に津波で日本がなくなるって言うし」

「その手の偽情報が多すぎて何が本当かわからん」

「酸素が無くなるとか、太陽光で生物は発酵するとか?」

「むしろ興味でてきた」

 人間の噂ってのはこんな時でも衰えないものだ。

「どうする? ここで一緒に飛び降りる?」

「そんな映画があったような気がする」

 吉野は、プイっと月の方に向き治った。耳が真っ赤なのがよくわかる。
 耳当てすればいいのに。

「……田中君にょ」

「にょ?」

「……田中君よ」

 なかったことになった。

「田中君は家族と一緒に過ごすんでしょ?」

「多分そうかな?」

 彼女と過ごすといったら、認めてくれそうな家族ではあるけれど。

「じゃあ、あたし達は学校がある日しか会えないわけじゃん」

「こんな時にも授業をカットしない日本の学校って凄いよね」

「数学、算数は無くなればいいと思う所存です。そんなことより、このシチュエーションですよ。チッスとかしてもいいんじゃないですかね」

「状況に流されては、ちょっと」

 この辺、奥手なのは自分でもどうかと思う。

「世界の終わりを状況で片付けるとは、大物ですな。私の恋人は」

「僕の恋人は可愛くて困る」

 妥協案として、手をつないだ。
 めちゃ緊張した。

「今決めた」

「何ですかな?」

 お互い手汗でびっちょりだけど、この結んだ手を切ってはいけない。

「最後は吉野といることにした」

「いいの?」

「いいよ。こうして、夕日を見ているとそう思うから」

「状況に流されてない?」

「世界の終わりだし?」

「チッスはしないのにっ!」

「決心がつくまで待ってくれない?」

「世界が終わる前に間に合うんかね、田中氏」

「あの夕日が僕等に追いつくまでには、必ず」

 ならばよし、と彼女はニカッと笑い。僕等は終末に向けて坂道を下るのだった。

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