追いついて、サンセット。
「田中君や。それで、最後はどうする?」 後ろから問いかけられる。吉野は自転車の荷台でSNSを見ていた。 トレンド一位は月の落下。嘘みたいだろ? これ真実です。 入学して一目ぼれして半年かけて10月に必死の思いで告白したら。その翌月に世界の終わりです。 宇宙人に世界征服でもされた方が幾分かマシじゃない? 「吉野は家族と一緒にいないの?」 「母上は父上と、静かに過ごしたいって」 「お熱いね」 「嫌になりますよ。両親のイチャイチャしている姿なんて、目に毒でしかないね」 彼女は僕の肩に手を当て、荷台の上に立つ、夕暮れの坂道をブレーキを掛けながら降りていく。 軋むフレームとブレーキは、僕等の悲鳴かもしれない。 風を受け、彼女の前髪がアホ毛のように逆立つ。 「気持ちいいね」 「スカートめくれない?」 「不思議な力でガードされておりますゆえ、ご安心を」 坂道の折り返しで自転車を止める。目の前には太陽を隠すほどの真っ赤な月が空に浮かんでいる。 ピョンと彼女は飛び降り、振り返る。逆光マジック、なんだか神秘的やん? 「夕日じゃなくて夕月だね」 「日没じゃなくて、世界沈没ってか?」 「アハハ、うまい、うまい」 カラカラと笑う彼女は本当に楽しそうで、僕としては今後のことを思うと寂しいけど。 まぁ、これはこれで、なかなかにロマンチックなわけで悪くない。 「あれが、こっちに来るのか」 「だね。世界の終わりを見れるなんて、幸せかもね」 「僕は怖いよ」 「私も怖いよ」 手もつないだことのない僕等は少しだけ、肩を近づけて真っ赤な月を見ていた。 嘘です。吉野の顔を見ていた、冷たい風にさらされた頬は紅く。 あぁ、僕の彼女は可愛いなぁなんて考えてました。 「どこ見てんの?」 吉野がこっち見る。マフラーで口元を隠す仕草にグッときます。 「世界の終わり」 「なんと、私の顔にそんなものが張り付いていましたか」 「まつ毛の上に乗っかってるよ」 「眉唾な話だね」 こんな、馬鹿な話をずっとしていたかった。例え彼女と別れる未来があったとしても、この瞬間を抱えて生きていきたかった。 「……全部嘘になんないかな?」 「無理じゃない? ほら、月が落ちるより前に津波で日本がなくなるって言うし」 「その手の偽情報が多すぎて何が本当かわからん」 「酸素が無くなるとか、太陽光で生物は発酵するとか?」 「むしろ興味でてきた」 人間の噂ってのはこんな時でも衰えないものだ。 「どうする? ここで一緒に飛び降りる?」 「そんな映画があったような気がする」 吉野は、プイっと月の方に向き治った。耳が真っ赤なのがよくわかる。 耳当てすればいいのに。 「……田中君にょ」 「にょ?」 「……田中君よ」 なかったことになった。 「田中君は家族と一緒に過ごすんでしょ?」 「多分そうかな?」 彼女と過ごすといったら、認めてくれそうな家族ではあるけれど。 「じゃあ、あたし達は学校がある日しか会えないわけじゃん」 「こんな時にも授業をカットしない日本の学校って凄いよね」 「数学、算数は無くなればいいと思う所存です。そんなことより、このシチュエーションですよ。チッスとかしてもいいんじゃないですかね」 「状況に流されては、ちょっと」 この辺、奥手なのは自分でもどうかと思う。 「世界の終わりを状況で片付けるとは、大物ですな。私の恋人は」 「僕の恋人は可愛くて困る」 妥協案として、手をつないだ。 めちゃ緊張した。 「今決めた」 「何ですかな?」 お互い手汗でびっちょりだけど、この結んだ手を切ってはいけない。 「最後は吉野といることにした」 「いいの?」 「いいよ。こうして、夕日を見ているとそう思うから」 「状況に流されてない?」 「世界の終わりだし?」 「チッスはしないのにっ!」 「決心がつくまで待ってくれない?」 「世界が終わる前に間に合うんかね、田中氏」 「あの夕日が僕等に追いつくまでには、必ず」 ならばよし、と彼女はニカッと笑い。僕等は終末に向けて坂道を下るのだった。
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