旧祭り | 文字数: 4388 | コメント: 0

さりさえにてまおさく、がんにてさお、とてはならぬ【転】

 縣氏から貰った本も気になるが、大学へはかなりの距離がある。本の解読は後回しにしてK群の中央病院へ向かった。
 どうやって、小枝氏について情報を集めるか気になったが、三坂は私に首掛けの名札を渡してきた。
 私は訪問看護師になるらしい。

「こんなこともあろうかとな」

「準備がいいな。話は任せていいか?」

「あぁ、こういうのは慣れてるからな」

 病院へ着くと、まず植えられている木に目が言った。

「桑の木……ね」

「桑が立ってるのがなんかあんのか?」

「蚕は桑の葉で育つんだよ」

「……小枝さんが、わけわからんオカルトのせいで生贄にされてるかも知れない、さっさと中に入るぞ。」

 K群中央病院は地元では一番大きな病院らしく、なかなか賑わっていた。受付につくと、要件を聞かれる。

「すみません、※※訪問ステーションの三坂と申します。貴院を利用している小枝 治さんの件でお聞きしたいことがありまして」

「はい、どのようなことですか?」

「実は小枝さんは二週間ほど前から行方不明でして、警察にも連絡はしているのですが、後見人の先生からこの病院の診察券があったことを聞きまして、何かをわかればと」

「わかりました。担当の物に確認しますので、かけてお待ちください」

「でしたら、担当の方に伝えてください。蚕のことは存じていますと」

 そう言われたので、座って待つ。それにしてもペラペラと口の回る男だ。

「おい、相馬」

「何だ?」

「見るなよ、後ろからこっちを確認しているやつがいる」

「わかった」

 スマフォのカメラを手前に設定して、写してみる。画面には白衣の男性がこちらを見ていた。
 何の反応もなければ、私達の考えが間違っていたで終わった話なのに……。
 
「白衣を着てるってことは、医者かな?」

「多分な。マジでビンゴなのか? 最悪だぜ」

「不思議な話ってのは仕事柄、山ほど聞いたが、本物に出会ったの初めてだ。金蚕蟲の効果のほどはわからないが、狂信者が何かをしている可能性もある。警察へ連絡するか?」

「大手の病院が儀式で人間を生贄にしてるかもしれないから、調べて欲しいってか? そんなことしてみろ、俺達が病院送りだ」

「その方がマシかもな。さて、どうする?」

「ずらかるぞ、相馬。知りたいことはわかったからな」

 二人して立ち上がり、無言で病院を出る。
 車に入ると、スマフォに連絡が来ていた。

「……三坂。時間はないかもな」

「あん?」

「学生に調べさせていたことがわかった。あのシンボルについてだ」

「神社の住所から送られてきたやつだな、意味わかったのか」

「パーツを分解するとK群に住んでいる人間なら知っている、童謡に出てくる絵描き歌で使われているものが浮かぶそうだ。その部分をカットして取り除くと……」

 画面には、二文字が浮かんでいる『白』『露』。

「白露?」

「二十四気って暦だ。白露は9月8日を指す」

「今日じゃねぇか」

 そう今日は9月8日。

「力づくで行くしかねぇか。相馬ここからは犯罪だから俺だけでいいぞ」

「たかが、一人の利用者だろ。ほっといても俺達には関係ない。真実に近づけた、それじゃあだめか?」

 ここまでなら、引き返せる。私達はよくやった。
 しかし、三坂は車を出る。馬鹿な男だ、本当に……私達は……。
 車を降りる。

「これ以上ない研究材料だ。見過ごす手はないな」

「……俺が無理やりお前にさせたんだ。捕まったらそう言えよ」

「もちろんだ」

「いや、そこは否定してくれよ、ひでぇな」

 二人して顔を見渡して笑う。
 そして、無言で病院の裏手に回った。
 
「まだ、見張られているか?」

「あぁ、白衣は脱いでいるが、さっきの男がいるぞ」

「次の曲がり角で待ち伏せをしようか」

 裏手から敷地の外に行くように、道を選択しながら、建物の影に隠れる。
 周囲に人はいない。顔を出してきた。男が顔出したところを二人で、物陰へ引きずりこんだ。

「は、離せっ、何を?」

「こっちの台詞だ。さっきからなんで俺達をつけている」

「あなたの顔は写真に撮っている。やましいことがあるなら、言ってしまった方がいい」

 男の尻ポケットに入っていた、院内PHSを抜き出す。確認すると直近の着信は院長からだ。
 男の名前もわかった。水馬 誠(すいま まこと)という内科医のようだ。

「水馬さん院長先生からの電話の内容で私達を監視してたんですか?」

「へぇ、やっぱ。そういう感じか。ところで、アンタは小枝 治さんのこと知っているか?」

 水馬は顔を真っ青にして首を振る。

「その反応は知っているってことだな。人の生き死にの話だってのは、俺達もわかってんだ。警察に突き出される前に吐きな」

「あんな、浮浪者がどうなろうと私は知らないっ」

 その一言で沸騰した三坂が、拳を振り上げるが掴んで止める。
 
「相馬っ!」

「ここで、暴力を奮ってなんになる? 水馬さん、小枝氏はまだ生きていますか?」

「知らないっ、人を呼ぶぞ」

「どうぞ、この病院で起きていることを、世間に公表するだけです。その時は貴方は告発者としているほうが、世間体は良いと思いますよ」

 何が起きているかは知らない、だからここはブラフでいけるとこまで行く。
 三坂が無言で水馬を締め上げ、結果、水馬は下を向いてブツブツと喋り始めた。

「ち、地下で、死体と一緒に……院長先生が何かをしているんだ。古くから勤めている人間の噂では、この病院で先代からずっとそうしていたって……時々、なんとかって村の生まれの人が来るんだ。皆入院して地下に連れていかれる。その記録は残らないんだ」

「小枝氏について何か知っているんですね」

「か、彼は自分から、入院を希望したんだ。開いている病室に入って、形式上は私が担当医だった……ただ、数日前に院長が担当になって、それ以降は病室に彼はいない。それ以上は私は知らないんだっ!」

「私達を見張っていたのは?」

「担当医である院長先生がアンタらがもし、おかしなことをすれば連絡するようにと……し、してないぞ。まだ連絡はしていない」

「わかりました。貴方の、セキュリティキーを渡してください。そして、もし良心があるなら、地下で何かが起きていると警察に通報をしてください」

「あ、アンタらは?」

「今から、院長先生に会ってきますよ」

「だな」

 地下への聞いた後に水馬医師を離し、裏口の管理室から入る。警備がいるが、背中を向いている隙に普通に入りキーを使って関係者通路に入る。後は死体運搬用のエレベーターに乗り地下へ向かう。
 扉が開くと、独特の薬品臭に交じり、どこか何かが腐ったような匂いがする。まるで酸素そのものが腐敗しているようだ。

「嫌な予感するな」

「行こう、時間はないかもしれない」

 二人で走り出し、かたっぱしから部屋を確認していく。

「相馬っ、こっちだ。匂いが強い」

 匂いを辿り、薄暗い通路を何度か曲がり、私達は鉄の扉の前に辿り着く。
 扉に鍵はかかっておらず、簡単に開いた。

 腐葉土と卵や生魚の腐ったような匂い。
 部屋はドーム状で地下にも関わらず、吹き抜けで地上からの明かりが届いている。
 場所的には浄水施設か発電施設を装った外の建物がここに直に繋がっているのだろう。
 地面は剥きだして、桑の木が部屋に植えられていた、壁には紫外線ライトのようなものが備え付けられており、部屋を微かに照らす。
 部屋の中心に白衣の男性が一人、その前には檻が置かれている。
 その中には数人の……白く膨れ上がったなにかがいた。

「ボッボボボボボボボボボボ」

 体内のガスを吐き出すように、深いな声を出すその白く膨れたものは髪があった、腕があった、それは恐らくは人間だったのだ。
 吐き気がこみ上げる。醜く皮が垂れ下がり、皮膚からはボコボコと空気の泡が見える。まるで発酵しているようだ

「っ! 何だ貴様らは」

 水馬医師の話が本当なら院長であろう男性がこちらを見て叫ぶ。

「おい、嘘だろっ! 小枝さんっ!」

 三坂が走り出す。

「待てっ、三坂っ!」

 制止を振り切り、三坂は檻を開けようとする。

「やめんか、そいつは自分の意志で、奉仕しているのだ!」

「何が奉仕だ。これ、この人、小枝さんなのかっ! お前こんなことしてタダですむと――」

 院長に懐に手を入れ、銃を取り出した。

「三坂っ! 銃だっ!」

「まだ蓋を開けてはならん! 金蚕蟲が完成しなければっ!」

「テメェ、やってみろやっ!」

 狂乱が始まる。自分でも何を叫んでいるのかわからない。
 とにかく走り出していた。
 轟音が響く、思わず身を屈める、金属音が響き何かが弾ける音、前を見ると、三坂が飛び退き、銃弾によって檻の鍵が壊されていた。

 声を上げなら、院長の腰に抱き着きそのまま倒す。年配で細身の院長はすぐに倒れた。
 銃を掴みもみ合う。

「相馬、すぐ行くっ!」

 そう言った、三坂の横の檻の扉がゆっくりと開いた。
 
「ボボボボボボボボボボボボボボボボボオオオオオボオボボボボボボオボボボオボボボボボボオオオ」

 叫びながら、小枝氏だったものが、身体をのたうち回りながら、扉から上半身を突き出した。

「戻せせええええええええええ、まだ出してはならあああああああああん」

 院長が叫ぶ。その叫びを聞いて、三坂は小枝氏の腕をとり檻の外に引き釣り出した。

「あああああああああああああああああ、許し、許してくだされあ」

 その時聞こえた音をどう表現すればよいのか、擬音とするなら『ボミュリ』という音がして院長の上半身が首からVの字に消えた。そして、小枝氏の体が白い液体となってドロドロに溶けていく。

「さ、小枝さんっ!」

 三坂が叫ぶが、液体は地面に吸われていく。
 ふらふらと三坂の傍に行き、小枝氏がいた地面を見る。
 そこには金色の小さな蚕が一匹、死んでいた。

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