旧同タイトル | イベント: 同タイトル | 2017年7月 | 文字数: 1446 | コメント: 0

クワガタのトッピングあります

🗡️ 一番槍

 なんでもない夏休み。  宿題の作文、一行の空白を埋められなくて、ほっぽり出してぶらぶらしていたら、背中をぺちと叩かれた。  おかっぱ頭に細い目の高校生、幼馴染の赤羽ミツキ。 「見て!」と言われて突きつけられたスマホには、美味しそうなかき氷の写真。青いシロップはブルーハワイだろうか。かき氷のコップの端にクワガタが取り付いていて、山を登ろうとしている。 「ノコクワじゃん。どこで見つけた?」 「うちだよ。綺麗な形してるだろ」とミツキは、細い目をにんまりさせて笑う。 「綺麗……?」 ミツキの趣味は、ちょっと変わっている。と言うかおかしい。 じいちゃんが駄菓子屋をやっているとか言って、夏になると毎回変なかき氷を試食させられるのだが、この前は「青汁味のかき氷」だった。思考回路どうなってんだよ。 俺はため息をついてソーダを飲む。かき氷にクワガタ。狙いは何だ。 「これ、トッピングなんだぜ」 盛大に噴出した。 「うそでしょ……」 「クワガタっておいしいらしいよ? エビに似てるんだって」 「お前はエビとかき氷を一緒に食べるのか?」 「あー、色を付けるとしたら、桜色?」 話通じねぇ。ほんとどうかしてる。 「そもそもなんでクワガタなんだよ」 「原価がタダだから」ミツキはどや顔で言う。 この村は山に囲まれた盆地にあって、だから虫はわんさといる。お茶碗に山盛りしてお替りできるくらいいる。 「誰が食うんだよ」 するとミツキは両手を握った。 「農家不足のこの時代、次に来るのは昆虫食ですよ! イナゴソフトもあるんだし、クワガタ氷があってもいいんじゃない!?」 「イチゴ味だけじゃダメなんですか」 「その場に留まるためには全力疾走しなければならない。私たちも進化しなきゃ!」 「悪化させてる気がするんですがそれは」 「だめかなー」ミツキはうなだれる。大きな桜の木の陰、風は湿気をはらんで蒸し暑い。 「ダメだろう」 「現物現場、ってことで、一回食べてみない?」 「命が惜しいので。安全第一なので」 「スライムの水炊きだってあるのにー。鎧を料理する人だっているのにー」 「それは漫画だろうが」 「はぁ」とミツキがため息をついて、スマホをショートパンツのポケットにしまう。手首の、切れかけたミサンガがちらりと見えた。 「うちの駄菓子屋、ちょっと傾いてるんだよねー。なーんかボーンと大当たりさせたいなー。クワガタのクッキーとかどうだろう。ミドリムシのクッキーはあるっていうし」 「お前は一度クワガタから離れろ」 「えー、良いじゃんクワガタ。あのツヤあのアゴあのカタチ……」 俺は黙って空を見上げる。怖いくらい青かった。 馬鹿げた思い出。 それはいつもと変わらない、いつか忘れてしまうはずの日だった。 そのはずだった。 それから15年後、テロリストの仕掛けた遺伝子攻撃により日本中の作物が壊滅、全国に飢餓の危機が迫る中、俺とミツキは藁にも縋る思いでクワガタ食を開発して、救国の英雄と呼ばれることになる。 だけどそんな未来を迎えることになるなんて、そのときは全然、これっぽっちも考えていなかった。 青い空に雲がどこまでも、どこまでも高く伸びていた。

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