旧祭り | 文字数: 1759 | コメント: 0

クワガタを見つけたかった

 つまりこれは、死に様の話となる。

 目を閉じれば、私はクワガタを思い出す。
 大きなクワガタだ。これはただの虫ではないのだ。
 私の変わらない、変わりたくない何かなのだ。

 父だか、祖父だか覚えていないが、透明なアクリルの虫かごに入った小さなクワガタは、なんと二本の角があった。
 バカらしいが、それがかっこよかった。仮面ライダークウガが好きだったから。
 角がかっこよかったんだ。本当にそれだけのこと。

 手に持つと小さな体のどこから生み出されるのかしらない、強い力を感じて、こうなりたいと思った。
 小学生のころは毎年クワガタを友達と取りに行った。
 近所の雑木林はドラゴンクエストのダンジョンで、竹藪の影からはポケモンが飛び出してきたものだ。
 
 いつしか、私も、友人もクワガタを取りにいかなく『なっていく』。
 でも、私はクワガタが好きだった。
 そこから数年たって、高校生になる。

 多分初恋をしたと思う。告白できずに、ただその子の手を握って、笑いあって別れた。
 色々な『人』に笑われたと思う。
 
 もう一つ、告白すると、私には誰にも言えない秘密があった。

 小説を書いていた。

 自分の頭の中にある、不思議な世界が抑えられなくて、ずっと書いていた。
 いつからかしらない、多分3百万字以上は余裕で書いている。
 
 これは本当に、家族にも言えない秘密だった。
 いつだったか、小説を友達に見せて、笑われたことがある。私の大事な宝物のお話をあざ笑われたことがある。
 それが、恐ろしくて、自分が変態のクソ野郎だと言われたようで。
 だから、誰にも話せなかった。
 でも、僕は書き続けた。
 我慢なんてできなかった。

 高校生活の終わりごろに『短編小説』会というサイトに出会えた。

 狂ったように投稿し続けた。短編を暇さえあれば書き続けた。
 最初に投稿した作品は、よく覚えている。
 小説を書くことを辞めたくなくて、いつか雑木林を探検した愛すべき私の中にある私と会うために『ずっとそこに』と題した短いものだった。

 三名の感想をもらった。涙がでた。

 わかるものか、誰にもわかるものか、誰かに読まれる恐怖の先に何が待っているのかなんて。
 
 私の秘密の趣味は、明らかになった。私を知る人やときには知らない人にも、色々な人に読んでもらった。
 公的な場所で評価もしてもらった。

 私はクワガタが好きだった。
 クワガタが好きな自分が好きだった。

 そのサイトが消えそうになった時、優しい人たちが場所を守ってくれた。

 ありがとう。
 
 短編を書いているうちに、ある人が長編のことを教えてくれた。その人は自分の舞台の脚本を書いたのだと。
 長編も書いていたが、誰かに読んでもらうことは少なかった、『意識』を変えて挑戦してみようと思った。
 今88万字ほど書いてまだ終わらない。
 おかげで短編をあまりかけていないが、それでもここが私の居場所だと思う。

 そんな日々が続くと思っていた。
 
 ガンになった。

 忘れていた。これは生き様の話だった。

 悪いガンらしい。ステージも進んでいた。私はもう長くないかもしれない。
 5年生きられるかは5割ほどだと。
 残された時間は何をすればいいか。

 結局書くことしかできない。
 遊んで、食べて、書くのだ、死ぬまで、今はもう誰かに書くことを隠すことはないから。
 誰かに笑われて、罵られても、私は書くのが好きなのだと、短編とそれを読んで感想を書いてくれた人が教えてくれたから。

 クワガタを持った私を誰かは、笑ったと思う、汚いとしかったと思う、でも私はクワガタが好きだった。
 それを言うのが恥ずかしくて、クワガタ『の研究』みたいな小説を毎年叩きつけている。
 だから、それで良かったのだ。
 
 私はクワガタを見つけた。
 
 ありがとう、私はクワガタを持ち帰った子供のころの私を見つけることができた。
 だから、怖いけど、震えるけど、書くことができるよ。

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