旧祭り | 文字数: 1734 | コメント: 0

八咫烏(ヤタガラス)

和歌山の南端の漁師町の小さな民宿に着くと、山田四郎は受付で宿帳を書き始めた。 この旅の目的は、幻の民である「八咫烏」を探し出すことにあった。 受付をすました四郎は、女将らしき女性に「夕食は19時に」と静かに告げると、2階に上り、山茶花の札がかかった部屋に上がった。 和室の部屋の奥からは、太平洋が臨め、海にはさざなみが立ち、ちょうど夕日が落ちようとしていた。 四郎には、その朱に染まったさざなみが自身の心の内を映し出しているように思えた。 先日、家の片付けしていると祖父が書き残した思われる手記が出てきた。 そこには、祖先が「八咫烏」であることを書き記してあった。 3本足の鳥である。 衝撃を受けた四郎は、和歌山に向かうことにした。 「いったい、自分は何者だ。烏が関係しているのか?」 「そう言えば、確かに思い当たるふしが、、、いやしかし、まだ分からない。自身の目で八咫烏に会って、確かめなくてはならない。 自分そのものを確かめるために。」 四郎は、グーグルで和歌山のいくつかの神社で八咫烏を祭っていることを知った。 八咫烏は和歌山にいる。 四郎は、大学で鞭を取り、意識について解説する。 意識の研究者であった。 ときには学生に、 「意識というものは日々の子煩悩を洗い流してくれる。そう、それは短編小説内の人のようにね。じょじょになっていくのだよ、人知れずと・・・」 などと難解に語った。 ともかく、四郎は、有給を使って、東京の自宅から、はるばる和歌山に行くことにしたのだった。 新幹線で名古屋に行き、そこから南紀5号に乗り新宮で降りると、在来線に乗り継ぎ、民宿がある太地駅に着いたのだった。 ぼーん、ぼーん 民宿の廊下にある古びた置き時計が、大きなノッポの古時計が19時を教えた。 長旅で疲れた体を奮い立たせて、2階にある山茶花の部屋を出て食堂に向かった。 食堂のテーブルには、すでに一人前の鍋が準備されていた。 クエなる食材を聞いたことがあったが、食べたことがなかった。 何やら幻の魚であるらしい。しかし、グーグルで調べたクエの顔は、不細工な顔で、コレが美味しいとは思えなかった。 身は白く、お鍋に入れて食べてみると、味はたんぱくでありながら脂がのって非常に美味かった。 女将に、うどんか、雑炊か、と聞かれたので、即座に雑炊と答えた。 たんぱくな魚とその脂から取れた出汁で作った雑炊に間違いがないとの確信があった。 大当たりだ、うどんにしなくて良かった。 やはり、その雑煮が最高だった。 食べ終わったら、もう今日と言う日に用はないので、四郎はさっさと2階の自分の部屋に戻り寝ることにした。 翌朝、早く起きた四郎は、民宿で早めの朝食をとり、会計を済まし、宿をあとにした。 そして、電車にのり、一駅先の湯川という駅で降りた。 そこから少し北に歩き「ゆかしの潟」と呼ばれる潟があり、そこの温泉「ゆりやまの温泉」に入った。 少しぬるかったが、正真正銘の源泉かけ流しの湯であった。しかも飲める温泉とのことでがぶがぶと飲んだ。 四郎は、ここで今回の旅の疲れをとった。 さらに湯川から電車に乗り、紀伊勝浦に向かうことにした。 そう、せっかくわざわざ東京から来たのだからと、四郎はあの滝を見に行くことにした。 紀伊勝浦に着くと、バスにのり、山中の滝へと向かった。 四郎は、日本一の滝を目にし、ダイナミックで、心が洗われるようであった。 近くに神社があったが、神社にはたいして興味もないので、寄らずにさっさと帰ることにした。 紀伊勝浦駅に戻ると、売店キオスクで、那智黒飴を買った。 そして、南紀5号に乗り、名古屋で新幹線に乗り換えた。 甘党の四郎は、道中ずっとずっとその飴をしゃぶっていた。 そして、東京に着いた。 おわり

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