旧祭り | 文字数: 556 | コメント: 0

冬の終わりを待ちわびて

 信号待ちの間、見知らぬ人が咳をした。
 私は足早にその場を去った。

 同僚と会うことも、家族と顔を合わせることすら稀になった。
 病気を恐れて、家にこもって、実在しない人の声ばかり聴いている。

 北の国では戦闘機が飛び交っている。
 南の島では火山が吹いた。

 東京の、8畳の、こたつも猫もない部屋で独り。
 悪いニュースばかりが聞こえてくる。

 ふと、思う。この冬は、終わるだろうか。

 そう思ったときに、昔書いた短編小説のことを思い出した。
 「意識の研究」という題名で、冬の終わりを待ちかねる人の話だった。

 春を待ちながら、数百年続く冬を耐える人の話は
 救いのない暗いものであったけれども、感想をくれた人たちがいた。

 世界観が良かったと、褒めてくれた。私のアイデアを認めてくれた。
 お題であった「クワガタ」の使い方が良いと言われたのを、覚えている。

 春が来るかは、わからない。
 世の中が暖かくなっていくとしても、そこに自分がいるとは限らない。

 歴史的な感染症が、人類の息の根を止めようとしている時代だ。

 それでも。もし夏を迎えられたなら、そのときには、また、
 クワガタを探しに行こう。私にとってのクワガタを。

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