狐の弟子入り
僕は、魔女に拾われた。 * * * 「ルナールぅ…私はお腹減ってるわよー…そろそろ今日のお昼ご飯と会わせてくれてもいいでしょう…?」 「もう少しですから我慢してくださいよセントリヒター様。というか、魔女なんだから魔法でなんとかしたらいいじゃないですか。」 人里離れた森の中、僕はその辺りでは有名な魔女、セントリヒター様の弟子として過ごしている。 「そういえばまだ教えて無かったわねルナール…魔法はね?…とぉってもカロリー使うのよ…」 とは言っても、弟子として魔法を教わることより、家事をさせられる時間の方がはるかに長い。 * * * 「ねえ、子狐。私の弟子にならない?」 あの時、足を怪我して動けなかった僕を、この人は拾った。 子狐から人の子のような姿(耳と尻尾はそのまま)にしてもらい、読み書きや料理、洗濯、掃除、本棚や実験器具の整理整頓、お客様の対応etc…とにかく色々なことを教わった。 まあ、肝心の魔法はほとんど教わってないけど。 そして、当の師匠といえば… 「とにかくお腹減って死にそう…ルナール、あまり魔法教えてあげられなくてゴメンね…?私…もうだめみたい……だわ…」 「縁起でもないこと言わないでください。もうすぐ出来ますから」 「本当!?フフーンさっすがルナールね!」 まるで子供のようだ。 最初に会った頃に溢れていたカリスマ性は何処へやら… 「はい、出来ました。そうめんです。ここ数日毎日猛暑なので東国の夏の風物詩たるものがお身体にもよろしいかと思いまして。」 東洋の島国の夏の料理、そうめんを僕とセントリヒター様の分をそれぞれテーブルの上に並べる。 「わぁぁ…!見てるだけで涼しくなるー!東洋人の術は相変わらず関心ね!ルナール!」 「そうですね、確かに不思議です。」 涼しげな透明の容器に、純白の麺と氷水が佇む。麺つゆに刻んだネギを浮かべ、そうめんの隣にそっと添えた。 「いただきます。」 「おお、東洋人風ですか?セントリヒター様」 「えへへ、なんか真似したくなっちゃうのよね、このセットを前にすると。」 お箸とそうめんを指さして、セントリヒター様は照れ臭そうに笑った。 そして二人で同時にお箸をとり、麺を啜る。そのひんやりとした味に二人とも表情が緩んだ。 「郷に入っては郷に従えって東洋で言うらしいけど、これってそうめんの為に作った言葉なのかしら。」 「ん?と言いますと?」 「こうやって啜って食べるのって東洋人しかまずしないじゃない?で、色々な食べ方で試したけど、やっぱりそうめんは啜って食べるのが一番美味しいのよ。本場の食べ方を真似るが吉ってやつね。」 そう言い終えると、セントリヒター様は再び麺を啜る。 確かに、この食べ方が一番しっくり来てる気がした。 「セントリヒター様。」 「なあに?ルナール。」 「どうしてまだ魔法を教えてくれないんですか?」 洗い物をしながら聞くものでは無いかもしれないがこの機を逃してはいけないと思った。また「お腹減った〜」とはぐらかされるからだ。 セントリヒター様は口元に手を当てて少し考える素振りをした。ようやくまともに話してくれる気になったのだろうか。いつもより表情が真剣だった。 「うーん…まだダメ。というかヤダ。」 「えっ、……」 思いがけない一言が飛び出し、僕は愕然とした。 「ど、どうしてですか?僕弟子なんでしょ!?」 「そうだけど…まだイヤなの。だって魔法覚えたら自立して何処か行っちゃうかも知れないもの…」 ふてくされてそう答えられると、何故か強く言う気も起きなくなる。 「もう…大丈夫ですよ、セントリヒター様。別に魔法の一つや二つ覚えたところで何処にも行きませんから」 それを聞いたセントリヒター様の顔が晴れやかになった。 「本当に…?ルナールぅぅ!大好き!!」 いきなり抱きしめられて、少しドキッとした。 この人は僕がオスだと分かっているのだろうか。そして、自分とは異性であると。嬉しいとも思ったけど、やはり分かっていて欲しかった。こちらだけ意識させられるのはいくらなんでも不公平だ。 「本当にセントリヒター様は…。僕がいないとダメですね」 でも、やっぱり嬉しくて。僕はギュッと抱き返した。 * * * 「…ということで魔法教えてください。」 「面倒くさいから嫌よ♪」
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