日常 | 文字数: 3311 | コメント: 0

夏の再会

 茹だるような暑さ。  忙しなく鳴き叫ぶ蝉。  風に乗って漂う灼けた土の匂いと、生い茂る青葉の青臭さ。  天上には今日も元気に光り輝く白光の太陽。  その光は痛みすら感じるほどに強烈で、容赦がなかった。 「もう8月も終わりだというのに…」  夏が終わり秋が来る――、けれど残暑と呼ぶには最近の気温は些か暑すぎる。 「私が子供の頃はもっと涼しかったんだけどなぁ…」  誰に聞かせるでもない独り言。  私が今いるのは広い田んぼの畦道の道中。  舗装のされていない雑草だらけの荒れた道を歩いている。  遠く揺ぐ景色の向こうに茶色い大きな建物が見えた。田舎特有の無駄に大きな屋敷。まるで武家屋敷のようなそこが目的の場所だった。 「しかし……、昔と全然かわらないな」  周囲を見渡しても見えるのは青々とした稲穂と遠くの山々。  山の麓にちらほらと住宅らしきものも見えるが、今も人が住んでいるのかはわからない。 ――ふと、当時を振り返る。  私が幼い頃、同年代の子供は少なく、村唯一の小学校に一年生から六年生までの子供を合わせても6人しかいなかった。 東孝之(あずまたかゆき) 高橋良太(たかはしりょうた) 浅見蓮香(あさみれんか) 大久保大地(おおくぼだいち) 長谷部和葉(はせべかずは) そして私、佐久間雄介(さくまゆうすけ)  皆で一緒のクラスで勉強し、遊んだ。  私たちに年齢の垣根はなく、皆が友達だった。 『俺たち卒業してもずっと友達だからな』  卒業間近にそう言ったのは六年生で皆のリーダーだった孝之だった。 『みんな離れ離れになっても絶対にまた会おうぜ』  タカユキの卒業と同時に県外へと引っ越したお調子者の良太も泣きながら言っていた。  そして――。 『――雄介も遠くに引っ越しちゃうの?』  そう寂しそうに言ったのは和葉だった。四年生だった和葉は長くて綺麗な黒髪が特徴の子だった。  当時の私は二年生だったが、親の都合で遠く離れた都市に引っ越すことが決まっていた。 『うん…。ごめん』  学校からの帰り道。  いつも通り仲間たちと遊んだ帰りは、世界が夕焼けで暁に染まっていた。 『謝ること…ないじゃん。引っ越すんじゃしょうがないよ』  私と和葉は家の方向が同じだったため帰り道も一緒だった。他の仲間と比べても、一番長く一緒にいた。  だからかもしれない。  私は和葉のことが好きだった。 『和葉…、僕――」  けれど当時の私はその感情が何かわからなくて、その感情が私たちの関係を壊してしまいそうで不安だった。 『――僕たちずっと友達だから。タカユキもリョウタもみんな――ずっとずっと友達だから……、だから……カズハも僕のこと忘れないで』 『うん…。――絶対忘れない。ずっと私たちは友達だから――』  どちらからともなく小指を立てて、互いに絡ませる。細くしなやかなそれにどきどきしながら私たちはいつものように約束をした。  子供らしい、えいえんのちかい。幼稚なそれは、だからこそ純粋だった。 『――じゃあ、またね』  私と彼女の分かれ道。いつもの道が酷く短く感じた。  卒業式の翌日、私は引越しの手伝いで忙しかった。感傷に浸る暇もなく荷物とともに車に乗り込む。引越し先はここから車で半日もかかる場所。朝早くから出発したため最後の挨拶もできなかった。流れる景色を揺れる車内からぼんやりと見つめる。いつもの仲間と会えなくなる現実がまだ受け入れられず、未来への漠然とした不安も重なり前日は眠れなかった。高速で過ぎ去る景色の中、見慣れた姿を見た。  和葉たちだった。  引越しは私が一番早かったためまだ村に残っている孝之や良太もいた。他の仲間たちも。  ブンブンとこちらに手を振りながら何かを叫んでいる。  俺は窓を開け身を乗り出し、腕がちぎれんばかりに手を振った。 『みんなまた会おうね――!!』  小さくなっていくその姿が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。  そこから先は特筆すべきことはない。  東京に移り住んだ私は中学生となり、高校、大学に進学、卒業し、社会人となった。都会の女と知り合い、結婚し、子供もできた。 ――幸せな人生を送ったと思う。。  けれど、私の心の中はなぜか満たされたことはなかった。  過去の仲間たちとはあれ以来、連絡を取り合うことはなかった。 「おーい」  はっとする。  どうやら考え込んでしまっていたようだ。  いつの間にか私は目的の家までたどり着いていた。 「こっちこっち」  木製の大きな両開き門の前で彼女が手を振っている。  その様子を見て、私は自分の胸の奥から懐かしさと嬉しさがこみ上げるのがわかった。 「本当、久しぶり…もうおじさんだね」  和葉はあの時と同じ笑顔でそう言った。 「ーーそうだな。私は歳をとったよ」 「“わたし”って…、ふふっへんなのっ」  和葉は嬉しそうにくるくると回りながら私の手を握った。 「早くこっちにおいで?もうみんな集まってるよ」 「ああ、すぐ行くよ」  私は和葉に手を引かれ、門をくぐって家の中へと入る。  記憶の通り、和葉の家はとても広く、立派だった。  子供の目で見ても大きな建物だったが、大人になってから見てもその感想は少しも衰えない。  玄関から入り、長い廊下を通り襖を開けると、いつもの居間があった。 「やっと来たかこの薄情者〜」  私が部屋に入ると背の高い男が私に話しかけて来た。  面影がある。孝之だ。 「やめなよ孝之。雄介も忙しかったんだって」  隣にいる和葉が答える。 「すまない…。といっても私も結構早く来た方じゃないか」 「雄介も謝ることないでしょ。それはそれでいいことなんだし」  私が部屋を見回すと他にも既に来ている者たちがいた。  孝之よりも老けて見える男は良太だろう。  以前、最後に会った時と同じだった。 「雄介待ってたぞ。あとは大地だけか」  その隣に若い女性が座っていた。 「もしかして蓮香ちゃんか?」  蓮香は子供の時と同じ笑顔のまま手を振る。 「久しぶり〜。元気してた?」  そこには仲間がいた。  月日は流れ、歳をとったが皆全然変わらない。  何もかもあの時のまま。 「ーーごめん。遅くなった」  目頭が熱い。またこうして会えるなんて思っていなかった。 「…あははっ。何泣いてんだよ雄介!そういうのは良太の専売特許だろ」 「まあ積もる話もあるだろうし酒でも飲もうぜ。幸い大地の奴から差し入れもあったからよ」  畳の上に腰を下ろす。  記憶の通り、掃除の行き届いた綺麗な部屋だ。 「あたしのお母さんがねたまに来て綺麗にしてくれてるの。あたしはそんなことしなくていいよって言ってるんだけどなぁ…」 「やっぱりこの時期になると綺麗にしたくなるんだろう。俺らも来ることだしな」 「ありがたいけど申し訳ないなぁ。和葉の母ちゃんもいい歳だろ」 「今年で80歳だよ。もう、お婆ちゃんだね」 「そっか……。あれからもうそんなに時間が経ってたのか」  辛いことも楽しいことも、いろんなことがたくさんあった。けれど過ぎてしまえば酒の肴である。 「それじゃ始めましょうか。懐かしの仲間との再会を祝って乾杯!」  少し遅れたお盆の季節。  私はやっと仲間たちの元へと辿り着いた。 ――朽ちかけた武家屋敷の前で一人の男が何かを懐かしむように目を細めている。  この時期になるとまたあの賑やかな声が聞こえる気がするのだ。  自身の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。  驚いて振り返ると愛する孫娘が彼を呼んでいた。  彼は苦笑し、手に持っていた一升瓶を門前に置く。  彼が好きな酒だが、仲間たちは気に入ってくれるだろうか。  あと何年後になるかわからないが、次に再会した時に感想を聞きたいものだ。

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