恋愛 | 文字数: 1098 | コメント: 0

聖女の胎の中

子を孕み産み落とす。 それだけが彼女の役目。人生。生きる理由。 誰とも知らない男と寝ては、子を孕む。 孕んだ子は里親を見つけ、譲り渡す。 里親を選ぶ条件は三つ。 経済的に余裕のある夫婦。 何らかの理由で子を作れない夫婦。 他人の子にも愛情を注いでやれる夫婦。 彼女は何人もの子を産み落としてきた。 子を譲った夫婦は計り知れず、抱かれた男の数もまた、計り知れない。 だが、その行為の間に愛がなかったことはただ一度としてなかった。 それでも、彼女の身体はもう限界だった。 子を孕みすぎた子宮は腫れ、歪な形をしていた。子を産みすぎた腹は垂れて皺が寄り、もう膨らみはしなかった。 私が産んできた子らは、元気に生きているだろうか。 彼女はふとそう思った。 ああ、愛しい我が子達。どうか幸せに生きていておくれ。 彼女はこれまで産んできた子らの名前と顔を、全て覚えたいた。 ジェネブ、サンドラ、ミスト、リリ、ラミシア、ソラムト、アム、ハージュ、ザヤル……。 愛しい我が子達……。 彼女はたくさんの男を愛し、たくさんの子らを愛した。 そして恵まれない夫婦に恵みを与えた。 大半の者は彼女を卑しい売女、魔女と呼んだ。一方で、その恩恵を受けた一部の者達は彼女を聖女と呼んだ。 彼女は誰に何と呼ばれようと気にも留めなかった。彼女にとって大切なのは可愛い我が子達のみ。その子らが幸せに暮らせるなら、その他のことなどどうでもよかった。 彼女は、老いと疲労でろくに動かない身体を引き摺り、廃墟同然と化した教会を訪れた。 彼女が初めて子を孕んだ場所だった。 ああ、アンデリーゼ。私の愛しい子。あなたは今も何処かで幸せに暮らしているのでしょう。 崩れかけた十字架。首の取れたイエス・キリスト。礼拝を行う者はただ一人の聖女のみ。 ふと、小さく細い声が、教会に響いた。 それはか細くも強い、泣き声。 誰かいるの? 彼女はそう問うて、声の主を探すようにふらふらと歩みを進めた。 ああ、あなたなのね。あなたが私を呼んだのね。 彼女は縋るように泣く子を抱き、朗らかに笑った。 ああ、あなたの母は私。愛しい我が子。 アンデリーゼ。 母はいつも、愛おしそうに私の名を呼んで、擽るように頬を撫でた。 そして遠い目をしては、それまでに産んだ子らの話を寝物語の代わりに聞かせる。 私は母が大好きだった。何者をも愛することの出来る母が大好きだった。 ああ、アンデリーゼ。私の愛しい我が子。 捨てられた私を拾ってくれた、優しくも慈悲深い、私の聖女(母)____。

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